Washington Files

2021年5月3日

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斎藤 彰 (さいとう・あきら)

ジャーナリスト、元読売新聞アメリカ総局長

1966年早稲田大学卒業。68年米カリフォルニア州立大学バークレー校大学院修士課程修了、70年読売新聞入社。ワシントン常駐特派員を2度務めた後、アメリカ総局長、東京本社取締役調査研究本部長などを歴任。近著に『中国VSアメリカ』『アメリカはカムバックする!』(いずれもウェッジ)がある。

日本車をハンマーで叩く女性、ペンシルベニア州ラトローブ。チャイナバッシングは、かつてのジャパンバッシングを彷彿とさせる(AP/AFLO)

 「コロナ禍は中国のせい」―トランプ前大統領の煽った対中国偏見で広がり始めた在米アジア人ヘイトクライムが、その後「中国は最も深刻なライバル」と位置付けるバイデン政権下で一段と悪化、ホワイトハウスも頭を痛めている。

 昨年初め、アメリカで新型コロナウイルスが猛威を振るい始めて以来、アジア系米国人をターゲットにした襲撃事件が広がり始めている。

 国連人権局のレポートによると、全米にコロナウイルス感染が広がり始めた昨年3月から5月の8週間に報告された被害件数は、1800件に達した。また、アジア系市民組織「Stop AAPI Hate」の集計によると、昨年1年間では2800件に及んでおり、コロナ禍が長期化した後も収まる気配はなく被害は増え続けてきた。

 被害内容は、公園を散歩中に刃物で切りつけられた、スーパーで買い物した帰りに卵を投げつけられた、繁華街で夜間帰宅途中、後ろからつけてきた男に突き倒された、美容室で罵声を浴びせられた、ガソリンスタンドで給油を拒否された、レストランで食事中にすれ違いの客につばをかけられた、など多岐に及んでいる。

 その中でも全米で大きく報じられたのが、去る3月、アトランタのマッサージパラーで働くアジア系女性6人を含む8人が白人青年に射殺された衝撃的事件だった。

 アジア系米国人を標的にした攻撃や嫌がらせは、全米50州中47州で報告されており、州別ではカリフォルニア州が全体の46%と最も多く、ニューヨーク14%、ワシントン州4%、テキサス州3%などの順となっている。

 昨年来、全米規模で白人によるこのようなヘイトクライムを煽るひとつのきっかけとなったのが、トランプ大統領(当時)の偏見に満ちた中国批判だった。

 ビジネス誌「Forbes」最新号によると、とくにトランプ氏が昨年3月16日、自らのツイッターで新型コロナウイルスを「China virus」「(中国の武術カンフーをもじった)kung flu」と呼び中国批判をして以来、当時数千万人といわれたフォロワーのうち最低120万人のハッシュタグ(検索ワード)としてこの俗称が使用され、結果的に「コロナ禍は中国のせい」との誤った認識がアメリカ社会で定着することになったという。

 しかし、トランプ氏退任後の今年1月20日以降も、アジア系米国人に対するヘイトクライムは一向に収まらず、人種差別の被害報告件数は2月末時点で3700件にまで達した。

 そこでアジア系米人社会で新たに問題提起されてきたのが、バイデン政権が1月20日発足以来、力説し始めた「最も深刻な競争相手most serious competitor」と位置付ける対中国強硬姿勢との因果関係だ。

 「アメリカが対中国バッシングを始めると、在米中国人がバッシングを受ける。同時に中国人と同じ顔つきの(アジア系)多人種も被害にあう」「そして米中冷戦は結果的に、人種差別とアジア系米国人憎悪をかきたてることになる」―サンフランシスコ州立大歴史学部のラッセル・ユング教授はワシントンポスト紙とのインタビューでこう語り、中国との競争意識の高まりが在米アジア人蔑視、偏見につながる可能性に警告を発している。

 また、アジア系米国人の人権保護団体「Asian Americans Advancing Justice」の会長を務めるジョン・ヤン氏は、20世紀初期に中国系、日系人などが排斥されてきた歴史的経験にも触れた上で次のように語っている:

 「我々は過去の歴史に照らし、不幸にも諸外国との地政学的競争と緊張が往々にしてわが国内の地域コミュニティに対するバックラッシュをもたらしてきたことを知っている。

 今日、中国との地政学的緊張は現実的なものであり、中国共産党との抗争はコロナ終息後も続いていくだろう。その限りにおいては、我々アジア系米国人に対する差別主義や暴力が一夜にして解消すると思ってはならない。ただ、政府は中国との対抗心をむき出しにしたとしても、その余波がなるべく我々のコミュニティに及ぼさないために細心の注意を払う必要があるだろう」

 バイデン政権の対中国外交は、トランプ前政権当時以上に厳しいものになりつつある。去る3月後半、アラスカ州アンカレジで行われた2日間にわたる両国外交トップ会談では、ブリンケン国務長官が冒頭から新疆ウイグル自治区、チベット、香港における中国の人権侵害のほか、サイバー攻撃、台湾に対する圧力強化に対する米側の不満と懸念を直接並び立て、中国の外交トップ、楊潔チ・共産党政治局員が血相を変えて反論するなど、激しい非難の応酬となった。

 サリバン国家安全保障担当大統領補佐官も「アメリカの対中アプローチは米国民の利益になるのみならず、同盟諸国、パートナー諸国も共有している。我々は(中国との)衝突を求めないが、厳しい競争は歓迎だ」と対抗意識をむき出しにした。

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