2022年9月29日(木)

世界潮流を読む 岡崎研究所論評集

2021年5月18日

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AlexYustus / iStock / Getty Images Plus

 オサマ・ビン・ラーデンが2011年5月2日の米軍による「ネプーチュンの槍」作戦で殺害されてから丁度10年を迎えた。この間、ほとんどのイスラム・テロは、米国と西側を標的とするグローバルな脅威から、ローカルな活動しかなし得ない存在へと変わった。アフガンのタリバン、ナイジェリアのボコハラム、アフリカの角のアル・シャバーブなどである。また、アルカイダは今や中心的な司令部もイデオロギーもない民兵組織に分散してしまったし、資金力のある「イスラム国」も作戦し得る場所としてはモザンビークなどの不安定な場所しかない。

 2001年の9・11同時多発テロが与えた衝撃は大きく、米国をはじめ、パニックに見舞われた状況であった。その中で、本来はそうではないはずのイスラムのテロが、戦略的脅威であるかのように見られるようになっていた。しかし、イスラム過激派によるテロは、かつては国際政治の中心的な課題であったが、今はそうではなく、若干の国において、その国の問題としてくすぶっているような問題になったと言ってよい。したがって、バイデン大統領がアフガンからの米軍の9月撤退を決めたのも是認される状況であると思われる。

 イスラム過激派の脅威がこのように小さくなったのは、米国を先頭に各国がその抑え込みに努力したことも大きいが、政治的イスラムの自壊という側面も大きいように思われる。ワシントン・ポスト紙コラムニストのファリード・ザカリアは、イスラム過激派のテロがローカルな存在に縮小した原因について、4月30日付けの同紙コラム‘Ten years later, Islamist terrorism isn’t the threat it used to be(10年経ち、イスラム・テロはかつてのような脅威ではない)’において、政治的イスラムが一部のイスラム教国の国家権力の一部分になったが実績が芳しくなく大多数のイスラム教徒を幻滅させたためである、という説を紹介している。このザカリアの論説には賛成できる。

 ザカリアは、「政治的イスラムを育てた土壌、現在の政権への不平、不満と宗教指導者への盲目的信頼は急速に減少した」、「今あるのはローカルな問題、不満であるが、これは世界的な運動の一部ではない」などとも指摘する。その通りであろう。
 
 アラブ諸国が今後どう発展していくのか、そこで近代化とイスラムがどう折り合っていくのかは難しい問題である。宗教の自由を尊重する自由民主主義は、一つの回答になり得ると思われる。

 なお、ザカリアは、米国には脅威を誇張する伝統があるが、それは避けるべきである、と言っている。これ自体は適切な指摘であるが、対中政策を念頭に置いてそう言っているのであるとすれば異論がある。米国の今の対中脅威認識は誇張されているとは思われない。香港の1国2制度は国際条約で2047年まで続くことになっていた。この条約を破った上に、香港政策はすべて中国の内政事項という主張は全く認められないことである。台湾への武力行使も内政問題ではありえない。米国の現在の対中政策は、脅威の誇張とは評価しがたい。

  
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