世界潮流を読む 岡崎研究所論評集

2021年6月8日

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 5月19日、バイデン政権は、ノルド・ストリーム2(ロシアとドイツを結ぶ天然ガス・パイプライン)の事業会社に対する制裁を見送ると決定した。バイデン政権がこれほどあっさりとノルド・ストリーム2の完成を阻止する努力を放棄するとは驚きである。バイデン政権もノルド・ストリーム2に反対の立場を明確にしていた。特に、去る3月18日には、ブリンケン国務長官が「バイデン政権は法律(欧州エネルギー安全保障保護法)を順守することにコミットしている」と述べ、このプロジェクトに関与している企業には米国による制裁のリスクがあり、直ちに撤退すべきであると警告する声明を発表していた経緯がある。

 5月19日、国務省は制裁の根拠となる欧州エネルギー安全保障保護法で求められている定期的な対議会報告を議会に送付するとともに、ブリンケン国務長官が声明を発表し、4隻のロシアの船舶と4つのロシアのエンティティに制裁を発動する一方、ノルド・ストリーム2事業会社(スイス所在)については制裁を免除することを公表した。すなわち、事業会社は制裁の対象となる活動に従事していると認定したものの、制裁法に定めのある大統領の免除権限を使って、事業会社、そのCEOおよび幹部に対する制裁を免除することが国益であると決定した。

 5月20日、この決定について問われたホワイトハウスのサキ報道官は、米国がこのプロジェクトに反対であることは明確にしたとしつつも「他国にある95%完成したプロジェクトをどうやれば我々に止めることが出来るというのか?」と述べた。

 制裁法は海底パイプラインの敷設に着目し、パイプライン敷設作業に係わる船舶を中心に制裁を組み立てているので、事業会社自体を制裁の対象とすることが当初から想定されていたかどうかは良く分からないが、仮に事業会社に制裁を課せば、プロジェクトを止められたかも知れない。しかし、それではドイツとの関係は破綻する。それを避けたいバイデン大統領の意向が強く働いたことは間違いないであろう。

 「制裁免除は今後90日の間に限ったことだ」という指摘もあるが、次回の対議会報告までの90日に更にドイツと交渉の上、その結果次第で事業会社への制裁免除が取り消されるということがあるとは思われない。その頃にはパイプラインは完成しているかも知れない。Akademik Cherskyなどのロシアのパイプライン敷設船に制裁を課しても止められない。他に何か手段があるかとなれば、パイプライン建設に係わる保険や認証があるが、危険を察知して既にノルウェーの認証企業、スイスとドイツの保険会社は撤退したようである。これをロシアの企業が代替し得るのであれば、プロジェクトは止められないことになろう。

 ノルド・ストリーム2は、ドイツの言うような単なる商業プロジェクトではない。このプロジェクトの完成を容認する路線に転換した以上、バイデン政権としては、その地政学上の悪影響を極小化する努力が必要であろう。ウクライナは反発している。ウクライナの軍情報当局高官は「ウクライナ経由の現存のガス・パイプラインは、輸送の機能を担っているだけでなく、ロシアによる侵略の可能性からウクライナを保護する役割を果たしている」と述べている。

 ドイツのマース外相は、今回の米国の決定を受け、次の対議会報告までの間に残された時間を使って「プロジェクトの特に問題のある側面」、特に「ウクライナに脅威を感じさせたままになる」ことについて議論し、双方の立場の違いに折り合いをつけるべきだ、と言っている。この発言は、今後90日の間に、この種のウクライナの脆弱性の問題を米国と協議する方針を示唆したものであろう。ロシアが代替輸送路の強化を利して、ウクライナ経由の欧州へのガスの販路が断たれることを心配することなく、ウクライナに対する侵略的行動を企てることを可能とするような事態を阻止するための何らかの仕組みを米国とドイツで合意することが枢要であろう。

  
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