海野素央の Democracy, Unity And Human Rights

2021年6月29日

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海野素央 (うんの・もとお)

明治大学教授 心理学博士

明治大学政治経済学部教授。心理学博士。アメリカン大学(ワシントンDC)異文化マネジメント客員研究員(08年~10年、12年~13年)。専門は異文化間コミュニケーション論、異文化マネジメント論。08年と12年米大統領選挙で研究の一環として日本人で初めてオバマ陣営にボランティアの草の根運動員として参加。激戦州南部バージニア州などで4200軒の戸別訪問を実施。10年、14年及び18年中間選挙において米下院外交委員会に所属するコノリー議員の選挙運動に加わる。16年米大統領選挙ではクリントン陣営に入る。中西部オハイオ州、ミシガン州並びに東部ペンシルべニア州など11州で3300軒の戸別訪問を行う。20年民主党大統領候補指名争いではバイデン・サンダース両陣営で戸別訪問を実施。南部サウスカロライナ州などで黒人の多い地域を回る。著書に「オバマ再選の内幕」(同友館)など多数。

 今回のテーマは、「尾身氏とファウチ氏、2人の日米専門家が政治家から警戒される共通の理由」です。科学的根拠に基づいた提言やアドバイスを行う際、新型コロナウイルス感染症対策分科会の尾身茂会長と、米国の感染症対策トップアンソニー・ファウチ博士は、政治的影響力を回避できないという問題に直面しています。  

 科学に対する政治介入が顕著になってきました。そこで本稿では、なぜ尾身氏とファウチ氏が政治家から警戒されるのかについて述べます。

(OsakaWayne Studios/gettyimages)

G7サミットにおける東京大会の位置づけ

 イギリスの南西部コーンウォールで開催した主要国7カ国首脳会議(G7サミット)は6月13日、共同宣言を発表しました。25頁にわたる共同宣言には1~70までの番号が各段落の冒頭に付いています。その構成は、1~5が「はしがき」で、6~69が「討議内容」、70が「まとめ」になっています。6~18までが新型コロナウイルス対策と世界保健機構(WHO)の改革で、もっともボリュームがあり、各国首脳が意見交換に時間を割いたことがはっきり読み取れます。

 49段落目で中国の市場原理を無視した経済政策を批判し、新疆ウイルグ自治区における人権侵害を取り上げ、同国に対して人権尊重を求めています。また、G7は共同宣言の中で「中国」を3回名指しで非難しました。「台湾海峡の平和と安定の重要性」の文言は60段落目に明記されています。

 では東京五輪・パラリンピック支持は、一体何段落目に記されているのでしょうか。

 70番目の最後に一言触れられているのみです。G7サミットにおいて東京大会は主要議題でなかったことは明らかです。

バイデンの思い

 なぜジョー・バイデン米大統領は、東京五輪・パラリンピックに支持を表明したのでしょうか。バイデン氏は東京大会に関して「日本政府の決定を邪魔しない」と語り、新型コロナウイルスについては「政治が科学に介入してはいけない」と警告を発してきました。ドナルド・トランプ前大統領が、ファウチ博士に対して横やりの発言を入れて、新型コロナウイルスの危険性を過少評価したからです。

 対中国政策に集中したいバイデン氏には、東京五輪・パラリンピックを巡って日米関係をギクシャクさせたくないという思いもあるからです。これは看過できない点です。

 仮にですが、G7サミットで菅義偉首相が東京大会「開催中止」の説明をしたとしても、バイデン氏はその決断を尊重した訳です。つまり、「積極的支持ではない」という意味です。

「政治的計算」と「決定打」

 尾身会長を含めた26人の感染症医療の専門家有志が6月18日、日本政府及び東京五輪・パラリンピック大会組織委員会に提言を行い、記者会見に応じました。そこで、尾身氏は「提言の中に、東京五輪・パラリンピックを開催すべきかの文章があったが、(菅)総理がG7サミットで開催を表明したので意味がなくなった」と述べました。 

 尾身氏は6月2日、衆院厚生労働委員会で「今の状態で(五輪を)やるというのは、普通はない」と語っています。翌3日、参院厚生労働委員会では東京五輪・パラリンピックの感染症対策に関する提言をまとめると明かしました。これが政府・自民党の「開催強硬派」議員の警戒を高めたとみられています。

 東京大会を開催し、国民の感情を高めて成功に導き、勢いをつけて秋の衆議院選挙を戦うシナリオに狂いが生じる可能性があるからです。開催強硬派議員にとって「物言う科学者」は邪魔者になったのです。

 菅首相のG7サミットにおける主たる目的は、各国首脳から東京五輪・パラリンピック支持獲得であったことは容易に想像できます。東京大会開催反対派を抑え込む必要があったからです。

 G7サミットにおける東京五輪・パラリンピック開催表明を「国際公約」にして支持を獲得すれば、専門家及び国民の開催有無に関する議論の封印ができるという「政治的計算」が、菅氏に働いていたとみて間違いないでしょう。共同宣言の70番目に各国首脳からの開催支持の文言を盛り込むことに成功したことが、「決定打」になったと解釈できます。

専門家は「選挙の道具」

 米国ではトランプ前大統領と野党共和党が、来年秋の中間選挙を視野に、ファウチ博士を標的にして攻撃を強めています。20年米大統領選挙でトランプ氏がバイデン氏に敗れた一因は、ファウチ氏にあるとみられているからです。

 トランプ前大統領と共和党は感染症の専門家であるファウチ博士を「選挙の道具」として利用して、中間選挙で上下両院の多数派を与党民主党から奪還するための選挙戦略を打ち出しました。ファウチ氏が所長を務める米国立アレルギー感染症研究所から、中国の武漢ウイルス研究所への金の流れに目をつけたのです。

 米国立アレルギー感染症研究所はニューヨークにある新興の感染症研究を専門とする非営利団体「エコヘルス・アライアンス」に2014年から19年までの間に370万ドル(約4億940万円)の資金援助を行いました(「トランプが高める中国への恨みと、オバマへの責任転嫁」参照)。エコヘルス・アライアンスはその内の60万ドル(約6640万円)を中国の武漢ウイルス研究所に援助したと言われています。

 そこで、トランプ氏と共和党は武漢ウイルス研究所で、米国民の税金を使って病原体を作る「機能獲得実験」が行われ、その過程でウイルスが流出し、その結果米国に60万人以上もの死者をもたらしたというストーリーを作ったのです。

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