2024年11月23日(土)

オトナの教養 週末の一冊

2021年7月9日

「トチノミ」の重要性

 その越境的研究で解明できたのが、ハート形土偶(オニグルミ)、中空土偶(シバグリ)、縄文のビーナス(トチノミ)など、土偶の様式と食用植物との対応。そして、椎塚土偶(ハマグリ)などの有用貝類との対応だ。

「“縄文のビーナス”の膨らんだ腰と大腿部は、確かに妊婦というよりトチノミですね。目の吊り上がった顔がマムシの顔で、マムシはトチノキ林を天敵のネズミから守る守護神だった。そう考えると、貴重な食料のトチノミの人格化は、なるほどあのフィギュアだと思いました」(足立)

「ええ。植物は春に芽吹き、秋に果実をもたらす。ことにクリ、クルミ、トチノミなどの堅果類は栄養価が高く重要です。古代の神話的思考では、この植物を成長させるのは精霊の働き。だから精霊を宿らせる依代として土偶を作り、祭祀の場で用いたんだと思います」(竹倉)

 竹倉さんが特に重視するのがトチノミだ。縄文中期(約5500年前)に縄文人の人口は増大し、土偶の数も急増するが、それは「東日本を中心にトチノミのアク抜き技術が確率し、普及したため」と見る。

 長野県棚畑遺跡の「縄文のビーナス」以外に、山形県西の前遺跡出土で日本最大の土偶「縄文の女神」などもトチノミのモチーフだ。

「でも、縄文人にとって有用な植物が土偶化されたのなら、ドングリとかヤマイモなどの土偶はあるのでしょうか? ナラやカシ類のドングリや自生のヤマイモは東日本の森林に豊富にあったはず。クルミやトチノミより前から広く利用されていたと思いますが?」(足立)

「ドングリやヤマイモの土偶は見当たりません。おそらく両方とも純然たる野生の植物だからだと思います。しかもどちらも容易に手に入り、交換財としての価値も低い。土偶を用いた祭祀の対象となりやすいのは、栽培化あるいは半栽培化されるような植物の精霊であったと考えることもできるでしょう」(竹倉)

 三内丸山遺跡(青森県)や八ヶ岳山麓の縄文遺跡(長野、山梨県)など、縄文中期に拠点集落のあった地域では、クリ林やトチノミ林など明らかに人間の管理下に置かれていた堅果類の林が数多く発見されている。

「ただし豆類は、栽培植物ですけど土偶の有無はわかりません。私が発見できていないだけで、モチーフがわからない土偶の中に紛れている可能性はあります。私が今回発表したのはあくまで土偶文化の大きなアウトラインです。土偶祭祀が行われる条件など、細部の検討は今後の研究課題になります」(竹倉)


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