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2021年10月4日

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小谷 賢 (こたに・けん)

日本大学危機管理学部教授

1973年生まれ。ロンドン大学キングス・カレッジ大学院修士課程修了、京都大学大学院博士課程修了。防衛省防衛研究所主任研究官、英国王立防衛安全保障研究所(RUSI)客員研究員、防衛大学校講師等を経て現職。主な著書に『インテリジェンスの世界史』(岩波現代全書)、訳書に『特務 スペシャル・デューティー』(日本経済新聞出版社)など。

 例えば60年にはユダヤ系ドイツ人からの情報によって、アルゼンチンに元ナチス将校でユダヤ人の大量虐殺に関与していたアドルフ・アイヒマンが潜伏していることが発覚した。これを知ったモサドは早速工作チームを同国に派遣して、アイヒマンを捕らえることに成功したのである。その後、アイヒマンはイスラエル本国に移送され、裁判で死刑を宣告されている。

 他方、モサドは情報収集だけではなく、暗殺などの秘密工作もその任務としている。きっかけとなったのは、72年のミュンヘン五輪大会中のテロ事件で、イスラエルの選手とコーチ、計11人が殺害されるという悲劇が生じた。これに激怒した当時のゴルダ・メイヤ首相がモサドに対して報復を命じたのである。

1972年のミュンヘン五輪中に発生したテロ事件。イスラエルの選手とコーチ、計11人が殺害された。これをきっかけに、モサドは暗殺などの秘密工作も手掛けることに (PICTURE ALLIANCE/GETTYIMAGES)

 モサドはマイク・ハラリを長とした暗殺チームを結成し、7年もかけてテロに関与した人物たちを見つけ出し、次々に殺害していった。その数も11人に上ったという。この劇的ともいえる暗殺工作は後に、スティーブン・スピルバーグ監督の『ミュンヘン』(2005年)で映画化されている。

 ミュンヘン五輪事件を契機に、その後、モサドは暗殺工作に手を染めていくことになるが、その過程で暗殺工作は政治的にも制度化されていく。これは2020年に翻訳出版されたロネン・バーグマン『イスラエル諜報機関 暗殺作戦全史』(早川書房)で初めて明らかにされたことであるが、本書によると暗殺作戦は通常、現場のエージェントが情報を収集してターゲットを特定することから始まる。

ためらえば「弱腰」
レッドページの真実

 ターゲットになるのはテロ組織の重要人物か殺害に必要な資源を投じるだけの価値のある人物とされる。ターゲットに関する情報資料が纏まると、各情報機関の長官と副長官に提出され、彼らの許可が得られれば、「レッドページ」と呼ばれる殺害許諾書が首相に提出されるという。

 そして首相が決断し、「レッドページ」に署名すれば、各機関の暗殺実行チームに指令が下る、といった流れとなっている。もちろんターゲットの選定や作戦実行の段階で中止となったものも多いが、暗殺をためらう長官や政治家は弱腰と映るようである。

 さらに驚くべきは、暗殺工作はモサドの専売特許というわけではなく、アマンやシャバクも時には暗殺工作を行っていることだ。1990年代後半から2000年代前半の時期にはむしろシャバクによる暗殺行為が盛んに行われた。

 シャバクはテロ組織の幹部を次々に殺害していくことで、組織の弱体化を図ったとされる。特筆すべきはその数であり、それまでのモサドの暗殺が数カ月に1件のペースであったのに対し、シャバクは1日に数件の暗殺工作をこなすこともあったという。こうして03年の1年間だけで135人もの人物が暗殺されることになった。

 われわれ日本人にとっては、こうした暗殺工作はもはや理解の範疇を超えているが、イスラエルは国の安全を確立するためにここまでやらざるを得ない、という厳しい現実もあるということなのだろう。

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Wedge 2021年10月号より
人をすり減らす経営は もうやめよう
人をすり減らす経営は もうやめよう

日本企業の“保守的経営”が際立ち、先進国唯一ともいえる異常事態が続く。人材や設備への投資を怠り、価格転嫁せずに安売りを続け、従業員給与も上昇しない。また、ロスジェネ世代は明るい展望も見出せず、高齢化も進む……。「人をすり減らす」経営はもう限界だ。経営者は自身の決断が国民生活ひいては、日本経済の再生にもつながることを自覚し、一歩前に踏み出すときだ。

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