それでは、内閣府が意図するように、今回の調査票をもとに自治体が調査を行うようになり、その調査票情報に外部研究者がアクセスできるようになると何が起きるか。簡単にいえば、「子どもの貧困対策自治体ランキング」が作成可能になる。
たとえば、貧困層に対する生活保護をはじめとした支援策の利用率や認知率、必要な人が利用できるように配慮した対応がなされているのかといった指標を自治体間で比較できるようになる。今回は詳しく取り上げていないが、学校は貧困層の子どもたちが「理解できる授業」を提供できているのか、経済的理由で部活動に参加できない子どもに教育委員会や学校はどのような対応をしているのか、といったことも検証可能となる。
加えて、定期的に調査を行うことで、「5年前と比べて、子どもの貧困対策は進んだのか」を評価することもできるようになる。自治体間格差が可視化されることで、何もやっていない自治体には厳しい評価が下されることになるだろう。
もちろん、国も無関係ではいられない。「自治体をどのように指導してきたのか、これからどう指導していくのか」が問われることになる。制度の内容ではなく、サービスの質が問われることになるのである。
ただし、内閣府の旗振りに自治体が応じるかどうかは、現時点ではわからない。応じるにしても、調査項目をこっそりと入れ替えたり、面倒な手続きを増やして実質的にクローズドなオープン・アクセスのしくみをつくることもできる。面従腹背は役人の十八番なのだから。
私たちにも突きつけられる「不都合な現実」
このように、「政策実行を求める数字を集める」という点で、報告書のもつ意義は大きい。しかし同時に、報告書は、国や自治体はもちろん、私たちにも「不都合な現実」を突き付けてくる。それは、「貧困層の多くは自分たちが生活保護を利用できることを知らず、そのことによって生活保護費の膨張が抑えられている」という現実である。
思い浮かべて欲しい。中卒や高校中退の低学歴で、10代で同じような生活歴の男性と「できちゃった結婚」をして妊娠、出産。性格の不一致ですぐに離婚して生活困窮に至る。子育ての能力も十分ではなく、遊びを優先しがちで社会規範にも乏しい。あえて偏見を助長しかねない刺激的な表現を用いるが、貧困層に分類される人のなかには、第三者からみると努力していないようにみえる人たちが一定数存在する(もちろん、昼夜を問わずに働いて子育てをしっかりするシングルマザーもたくさんいることは、強調しておきたい)。
子どもの貧困対策、とりわけ経済給付を進めるということは、こうした人に「どうぞ生活保護を利用してください」と呼びかけることである。現在の社会にこうした寛容さはあるのだろうか。
社会教育学者の舞田敏彦氏は、コロナ禍で最も痛手を被ったのはシングルマザー世帯のはずなのに、なぜか生活保護の利用は減少傾向にあり、母子世帯をターゲットにして生活保護を削減しようとする意図があるのではと指摘している。(Newsweek、21年12月22日)
生活保護が若者を排除するシステムについては、筆者も一冊の本にまとめている(『生活保護vsワーキングプア 若者に広がる貧困』PHP新書)。もう10年以上前の本になるが、基本的な構造は変わらないか、むしろ悪化しているようにさえみえる。
こうした社会背景のなかで、報告書は子どもの貧困対策のターニング・ポイントとなるのか。それとも、他の多くの政府報告書と同じように忘れ去られてしまうのか。静かな関心をもって、見守っていくことにしたい。