いま指導部は「共同富裕の実現」という政策目標を掲げている。これが「パイ」の配分である。歴代の指導部が追求してきた「小康社会の全面的な確立」が「パイ」の拡大である。指導部は、昨年3月に貧困撲滅に勝利して「小康社会の全面的な確立」で成果を上げたと宣言した。この先にある目標が「共同富裕の実現」である。
「共同富裕の実現」という言葉は突然に出てきたわけではない。経済格差の拡大と社会的流動性の低さを問題視する指導部は、すでに第14次五カ年計画(2016〜21年)にこの言葉を盛り込んでいた。にもかかわらず、「共同富裕の実現」が大きな関心を集めたのは、昨年8月の習の発言が契機となった。それはなぜか。
注目を集めた習の言葉は、党中央財経委員会での発言だった。同委員会は経済政策を調整、決定する場である。会議の主題の一つが「共同富裕の実現」であった。習は、「共同富裕」を「全ての人々の富裕であり、人々の物質生活と精神生活が共に豊かになることである。少数の者の富裕でもなければ、また画一的な平均主義でもない」と語り、この実現に向けて「第一次分配、第二次分配、第三次分配」という考え方を示した。
第一次分配とは市場経済に基づく分配であり、第二次分配は社会保障や税に基づく分配、第三次分配は個人的な寄贈(社会還元)に基づく分配である。このとき習は「高所得に対する規範を強化し、合法的な収入を法で守りつつ、過度の高収入を調整するとともに、高所得層や企業による多くの社会還元を奨励する」と述べた。
この発言は、人々に20年12月に開催された中央経済工作会議での議論を想起させた。同会議は、指導部が年末に1年の経済活動を総括し、翌年の方針を確認する機会である。20年末の会議は、経済成長の質の向上を図る上で、独占と不正競争に対する取り締まりの強化を確認し、「国はプラットフォーム企業の発展を支持する」と同時に、「法に基づく規範のある発展を促し、デジタルルールを整える」ために、独占認定やデータ収集と使用の管理、消費者権益保護などの制度整備を進めることを議論していた。同会議の前後に、プラットフォーム企業のアリババに対する取り締まりが行われていた。
また習は、対米通商摩擦に端を発して対米関係が悪化する中で、経済発展に加えて、安全も考慮する必要を提起していた。さらに民間企業に愛国心を要求する発言を繰り返していた。そのため、昨年8月の習の発言は、経済発展も安全も重視するようになった指導部が、経済を牽引してきた民間企業に対する評価を変えつつあることを示唆するものと読み取られ、中国経済の先行きへの懸念が高まった。加えて義務教育段階での営利を目的とした学習塾の禁止、未成年のオンラインゲームの時間制限といった社会の管理強化を志向する政策が立てられたことは、この見方を補強した。
昨年12月に開催された中央経済工作会議は、8月の習発言を打ち消そうと努めた形跡が見える。会議は「パイ」の拡大をまず実現し、その後に「パイ」の分配に取り組むことを確認し、「共同富裕の実現」に向けた政策の重心を明確にした。その上で、公有制経済の一層の発展とともに、非公有制経済の発展を「奨励し、支持し、指導する」ことを確認した。
こうした議論は、一昨年の中央経済工作会議では明確にされなかった。今年の議論は習発言を契機に深まった懸念への応答なのかもしれない。同時に、「共同富裕の実現」をめぐって、指導部の中で大きな政策論争があったことを窺わせる。