2022年10月4日(火)

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2022年2月4日

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加茂具樹 (かも・ともき)

慶應義塾大学総合政策学部長・教授

専門は現代中国政治外交。1995年慶應義塾大学総合政策学部卒業。2015年4月から同校総合政策学部教授に。16年10月から18年10月まで、在香港日本国総領事館領事。主著に『十年後の中国』(一藝社)、『現代中国の政治制度』(慶應義塾大学出版会、共編著)。
 

習近平国家主席は不安含みの国内政治にどう立ち向かうか (REUTERS/AFLO)

 中国経済はいま、高度経済成長の段階を終え、上位の中所得国の段階に到達した。指導部は「新たな発展段階」に入ったという。これは的確な現状認識だが、指導部がいま深刻な課題に直面していると捉えていることも示唆している。上位の中所得国となった社会が表出する要求は、高度経済成長期のそれとは大きく異なる。もし人々が提起する要求に政治が十分に応えられなかったとき、人々は期待に応えられない一党体制を受け入れるだろうか。経済発展の段階が大きく変わるとき、政治体制の安定と存続にとっての根源的な支配の正統性をめぐる問題が浮上してくる。いまの中国政治はそうしたタイミングにあると言って良い。

 本年の中国政治は重要な日程を控えている。今秋に開催予定の中国共産党大会では総書記をはじめとする共産党指導部の人事が、2023年春には首相や国家主席をはじめとする国家指導部の人事が行われる。昨年春に策定した第14次五カ年計画と35年までの長期目標を実施する指導部が決まる。

 指導部は現状をどのように評価しているのか。本稿は、その手掛かりを昨年11月に共産党中央委員会が採択した、「共産党の100年奮闘の重大成果と歴史的経験に関する党中央の決議」(歴史決議)に求める。

 歴史決議は、習近平指導部が記す共産党の「歴史」である。中国政治において「歴史を記す」ことは二つの大きな意味を持つ。一つは自身の正統性を示すためである。中国憲法の前文に記されている建国の歴史は、共産党が書いた「歴史(ものがたり)」であり、そこには正統性の根拠が示されている。

 もう一つは、支配の安定に必要な政治的団結を支えることである。習は歴史決議の意義を「党の歴史をはっきりさせ、党がかつて歩んできた道のりをはっきりさせなければ、事をうまく運ぶことはできない」という毛沢東の言葉を引用しながら、それを強調した。

 今後の政治日程を踏まえれば、習にとってこの歴史決議の採択は絶対に必要だった。そして習は、この政治的な山場を乗り切った。習の党内政治基盤はより強固になった。ただし、決議を採択したからといって、党内に、習とその指導部の政策に対する異論がなくなるわけではない。指導部はそこに政治的不安定の萌芽を見ていた。

容易ではない
「新時代」の課題解決

 今回の歴史決議は中国の現在を「新時代」と呼ぶ。指導部は、「新時代」になって向き合っている新たな課題を「『主要な社会矛盾』の変化」と説明している。高度経済成長の段階の人々は「日増しに増大する物質面・文化面の需要と遅れた社会的生産との矛盾」の解決を求めていたが、いま人々は「日増しに増大する素晴らしい生活への需要と発展の不均衡・不十分との矛盾」の解決を求めるようになったと評価している。前者は経済成長の量の拡大、後者は経済成長の質の向上と言い換えられる。

 実は習は、新しい「主要な社会矛盾」に早くから注目していた。12年に指導部が発足した直後の記者会見で、「人々の幸せな生活への憧れ」に応えることが目標だと語った。より良い教育、雇用、所得、社会保障、医療衛生、居住、環境を享受し、次世代もより良い教育、就業、生活を手にすることが、人々が求めている「幸せな生活」だという。

 17年の第19回党大会でも「主要な社会矛盾」の変化は語られていた。第14次五カ年計画は、指導部の任務を「人民の生活の質の改善」と説明した。「充実感、幸福感、安全感の向上」である。

 この政策課題は明確だが、課題解決は容易ではない。充実感、幸福感、安全感の内実が多様なように、経済成長の質は多様だ。「改革開放」を経て、共産党が独占してきた資源は社会に拡散し、社会は多様化、多元化した。人々は、自らの利益を最大化するために行動する意思と能力も高めた。高度経済成長期の政策は経済の「パイ」の拡大であった。誰もが納得する目標だ。中所得期の政策は「パイ」をいかに配分するかである。誰もが納得する配分は難しい。

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