ここで事実を述べれば、中国は人口の約9割を占める漢族と55の少数民族で構成されている。その中で朝鮮語とハングルを使う朝鮮族は人口約192万人、主に吉林省延辺朝鮮族自治州で暮らしている。中国の肩を持つわけではないが、朝鮮族が中国を構成する一員であることに間違いはなく、08年と22年の北京五輪で韓服姿の女性を登場させたことは非難に値しないだろう。
したがって、韓服問題を読み解く上で重要なことは、14年の間に中国に対する韓国の立ち位置が変化したことだといえる。
中韓にも横たわる歴史認識問題
韓国で韓服問題が起こった背景には、中国が2000年代に行った「東北工程」という歴史研究がある。簡単に説明すると、朝鮮半島北部から中国東北部に存在した高句麗(紀元前1世紀頃から7世紀半ば)と渤海(7世紀末から10世紀前半)について、中国は朝鮮民族の国家ではなく中国の地方政権と位置付けた。
東北工程のプロジェクト化が決まった1996年は、北朝鮮をめぐる第1次核危機と94年の金日成氏死去で朝鮮半島情勢が混沌としていたころ。有り体に言えば、金正日氏への代替わりで北朝鮮が崩壊する、あるいは第2次朝鮮戦争が勃発する可能性が強く示唆されていた。よって、安全保障関係者の間では、中国が東北工程を開始する意図は「朝鮮半島有事に際して、北朝鮮を自国に組み入れるための理論構築にある」とみられていた。
日本人には少し理解し難いが、中華思想には「国境」という概念がない。天命を受けた皇帝が徳をもって統治する範囲が世界(中華)であり、その外側に文化的に劣った化外の民が住む辺境(四夷)があると信じられていた。よって、中華の地理的範囲は相互の力関係によって広がることもあれば、狭まることもある。だが、一度でも中華に含まれた地域は中国の土地だと捉えられている。
つまり、高句麗と渤海が地方政権とはいえ中華の範囲であったのならば、現在の北朝鮮はそもそも中国の領土だったという理屈が成り立つ。近代国家以降の概念である民族、国家、国境を過去の歴史に無理やり当てはめることは愚の骨頂だが、当然のことながら韓国世論は中国による「歴史捏造」と大きく反発した。
日本でもNHKが放映した韓国ドラマ「太王四神記」(2007年)や「朱蒙」(06年)、「大祚榮」(06年)など高句麗と渤海をテーマにした作品が相次いて制作されたのは、韓国による歴史的正統性のアピールという側面が大きい。