米政府公式文書「Nuclear Operations, Air Force Doctrine Document」(US Air Force, 7 May 2009)は、「拡大抑止」の現代的意味合いについて、次のように説明している:
「冷戦時代、米国はソ連による攻撃の際に、核による大量報復姿勢を示すことによって同盟諸国に安全保障を提供してきた。核報復の威嚇に依拠するこの政策はこれまで、『拡大抑止』と呼ばれ、米戦略の重要な柱となってきたが、21世紀におけるその運用については、冷戦時代と大きく異なってきた。
今日、『拡大抑止』は、報復に依拠する度合いを軽減させる反面、敵対国に対し、米国および同盟諸国をいかなる形で攻撃しようとも、政治的、軍事的目的を果たせないことを十分知らしめるだけの態勢維持に重点が置かれている。つまり、米本土配備のグローバル射程核戦力のみならず、『前方配置核戦力』を各国に展開することで、各地域レベルの抑止力を常時維持している」
わかりやすく言えば、米国による同盟諸国に対する安全保障は、大陸間弾道ミサイル(ICBM)、潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)、戦略爆撃機を使った大量核報復の威嚇によらず、できるだけ米本土から距離を置き海外基地に配備した戦術核兵器や中距離核戦力(INF)によって確保するという考えだ。つまり、米国民にとっても、米本土にまで核戦争がエスカレートする可能性が極めて少ないことを前提にした同盟諸国防衛のための核抑止であれば、それだけ抵抗なく受け入れやすくなるとの判断に立っている。
そこで、重視され始めたのが、米軍が有事の際に、敵国による同盟諸国に対する攻撃をより効果的に抑止するための〝使いやすい核兵器〟=「非戦略核兵器non-strategic nuclear weapons」の前方配備にほかならない。
米軍の海外基地での配備と「非核三原則」
米軍は今日、海外基地に通常兵器に加え、このような破壊力の限定された戦術核を配備、拡大抑止体制を維持している。
中距離核については、レーガン大統領と旧ソ連時代のゴルバチョフ大統領(いずれも当時)との間で全廃条約が締結されて以来、保有していない。
その一方で、米国は欧州においては、〝核の傘〟の信頼性を高めるために、北大西洋条約機構(NATO)加盟国のうち、ドイツ、ベルギー、イタリア、オランダ、トルコ5カ国内の米軍基地に「非戦略核兵器」を配備し、今日に至っている。
そして上記5カ国は、国内に米軍核を受け入れることで、それだけ拡大抑止力維持を確かなものにしていると言える。
ところが、対日防衛に関しては、1967年、佐藤栄作内閣時代にわが国政府が公式表明し、その後、国会決議した「非核三原則」があるため、沖縄を含む在日米軍基地への持ち込み・配備は認められていない。
すなわち、核兵器を「持たず、つくらず、持ち込ませず」というものだ。
このため、わが国では今世紀に入り、とくに北朝鮮の核開発と実戦配備による脅威が増大するにつれて、米国の〝核の傘〟への依存度が高まる一方、「非核三原則」との矛盾が露呈し始めた。
同じ非核保有国であるドイツが、国内米軍基地内への核配備を認めているのに対し、わが国だけが、「持ち込み」を認めないまま、果たして〝核の傘〟が十分に機能するのか、という素朴な疑問だ。