冷泉彰彦の「ニッポンよ、大志を抱け」

2022年5月15日

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冷泉彰彦 (れいぜい・あきひこ)

作家・ジャーナリスト

ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。近著に『「反米」日本の正体』(文春新書)など。メールマガジンJMM、Newsweek日本版公式ブログ連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

 2022年5月15日、沖縄は復帰から50周年の節目を迎えた。節目の日を前にして、玉城デニー知事は、5月9日に報道各社の合同インタビューに応じた。その中で知事は、復帰当時に県民が「本土並み」を期待した米軍基地の現状についてこ、「程遠い状況と言わざるを得ない」と語った。また「負担軽減」に向けては「日本全体で考え、疑問を持ち、議論を起こすという方向性を受け止めてほしい」と呼びかけたという。

(Yuzuru Gima/gettyimages)

 この50年間繰り返された主張が、ここでも全く同じように繰り返された。この50年間、沖縄を取り巻く北東アジアの情勢には大きな変化があった。ベトナム戦争は終結したが、朝鮮半島では北朝鮮の核開発が進行する一方で、日韓が歴史認識を巡って対立するという愚かな状況が悪化した。最大の変化は、中国の経済成長と軍事大国化であり、日本の経済衰退も伴う中で、経済と軍事のバランスには大きな変化が見られる。

 そうした中で、在沖米軍の意味合いは変化している。具体的には、台湾海峡と38度線に至近であり、同時に太平洋の西の要という「地政学上の位置」については、その重要度は増していると言っていいだろう。沖縄の人々には罪はないし、不本意であるだろうが、その戦略上の位置が異なるのだから「本土並み」ということはあり得ない。

見えてこなかった沖縄からの代案

 この「本土並み」という文言であるが、これは復帰の前から沖縄の世論と、これに同調する本土の世論が繰り返し主張していた「核抜き、本土並み」という言い方に遡る。「核抜き」とは米国統治下の沖縄には配備されていた核兵器を復帰に合わせて取り除いて欲しいという主張であり、これは非核三原則を沖縄にも適用することで実現した。

 問題は「本土並み」だが、基地の縮小が進まない原因について、玉城知事は「外交安全保障について、市町村や都道府県の意見を取り入れることなく、『国の専権事項』として国と国の協議だけで進める構図に問題がある」として、国には基地問題について、地方自治体の意見を聞く責任があると訴えている。

 百歩譲って、安全保障に関しては「国の専権事項」ではなく、沖縄には意見する権利があるとしよう。その権利行使に備えて、この50年間、沖縄から代案が出てきているかというと、顕著な動きはない。

 例えば、米軍ではなく自主防衛を徹底して、自衛隊がその任務、つまり台湾海峡や38度線における紛争抑止のプレゼンスを担うべきというシナリオも成立しうる。だが、この点に関して沖縄の世論は、本土の非武装中立論に近く、台湾海峡や38度線での紛争抑止に関する当事者意識は薄い。

 では、対立を続けて自衛隊に置き換えるのが嫌なら、対立を緩和する、つまり沖縄として北東アジアにおける「平和外交」の努力をしてきたかというと、これも限定的だ。例えば、12年の野田佳彦内閣による尖閣国有化により日中関係が悪化した際にも、石原慎太郎都知事による私的な尖閣購入構想の際にも、明確な意思表示をしなかった。北朝鮮の核開発、トランプ政権の基地費用負担要求の匂わせ、香港の問題、そして南シナ海の緊張など、沖縄の存立に関わるような事件にも、沖縄の世論は動かなかった。

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