この熱き人々

2013年4月12日

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吉永みち子 (よしながみちこ)

1950年、埼玉県生まれ。85年、『気がつけば騎手の女房』で大宅壮一ノンフィクション大賞を受賞。著書に『母と娘の40年戦争』(集英社文庫)、『怖いもの知らずの女たち』(山と溪谷社)、『試練は女のダイヤモンド』(ウェッジ)などがある。

よく知られた「クモ」の地上絵は全長約48メートルの規模

 ナスカ期は紀元前100年前後から紀元後600年ぐらいまで。その後は地方王朝期を経てインカ帝国へとつながる。動物の地上絵が主に描かれたのは、このナスカ文明が栄えたころ。つまり2000年もの間、消えずに残っているということになる。

 「なぜ残っているのか? 台地に水が流れ、溝を作り、それが堤防のようになって水が流れてこない部分ができる。農地に適さず、侵食されない場所に描かれている。壊れない場所に描いているから壊れないんです」

 なるほど。地上絵は大きなもので300メートル級。いったいどうやって描いたのかという謎。「石をどけて溝を作る。最近できた80メートルほどの地上絵が見つかって、作った人も見つかったんです。会いに行ったら、2人で30分ほどで作ったと言う。道具なしで。それで、実際に作ってもらったんです。ここは何歩分というように距離を歩数で把握して、1人がA地点に立ち、1人がB地点からA地点に立つ人を見ながら足を引きずって直線の溝を作っていく。そこで地上絵の線の太さが大体10センチから15センチなのは、人間の足の幅だと考えられないかと、ハタと思ったわけです」

 古代アンデスの人々は、距離を歩数で理解する独特の距離認識法をもっていたらしい。農作業を通じて身についたその感覚は、あの山まで何千何歩というように表現し、おおむね合っているという。しかし、それはあくまでひらめきであり、仮説であって、足を引きずって描いたのだと実証されたわけではない。

ナスカ台地で発見した直線の地上絵を調査する(右が本人)

 「外国人が縄文遺跡を調査して、現代の日本人に取材してそれを基に縄文遺跡を解釈したらおかしいでしょ。それと同じで、ヒントにしかすぎないんです。それを実証するために、3Dスキャナーで調査しています。もし右足を引きずったのなら線の中に一歩ずつの微妙な痕跡があるかもしれない。線の脇に左足の痕跡が残っていないか。3次元の画像でミリ単位のデータを分析しようと試みていますが、今のところまだ実証には至っていません。経験的にいうと、そう簡単に答えは出ないと思います。もし仮説と違う砂のたまり方をしていたなら、そこからまた別の何かが見えるかもしれない」

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