2022年9月26日(月)

お花畑の農業論にモノ申す

2022年6月29日

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熊野孝文 (くまの・たかふみ)

元米穀新聞記者

1954年生まれ。東京経済大学中退後、コメの相場情報として米穀市況を速報する仕事に8年従事し、米穀新聞の記者として農家と卸売業者、小売店と、それぞれが取引する現場を40年取材してきた。近書に『ブランド米開発競争―美味いコメ作りの舞台裏』(中央公論新社)。

地区で最も若いのが72歳の集落

 川崎市から星峠までおよそ3時間かけて棚田米生産農家の山岸公男さん宅に辿り着いた。

 山岸公男さんは72歳で、この棚田のコメを販売する星峠農産の代表でもあり、コメ作り名人と言われ、星峠棚田保全の世話人的役割を担っている。

山岸公男さん(右)と成川亮治社長(左)

 この地区の棚田は220筆ほどの枚数で全部合わせて15ヘクタールほどの面積になり、このうち3.8ヘクタールを山岸さんが耕作している。以前、この地区は80軒ほどの集落であったところから、現在は34軒にまで減っており、コメ作り農家も山岸さんが一番若いというほど高齢化が進んでいる。「この地区にはシカやサル、クマはいっぱいいるけど、いないのは若い人間だけ」と山岸さんは苦笑いしながら現状を語る。

 それが良く分かるのは、山岸さんの籾摺り作業場がこの地区の小学校(分校)であった場所ということだ。山岸さんが小学生の頃は最盛期で全校生徒180人であったが、今は一人もいない。

 コメ作りで最も苦労していることは水の確保。水田の間に井戸やため池があるものの、それだけでは全部の田を潤すには足りない。議員連がこの地区を視察に訪れた際に山岸さんは「ダムを作って欲しい」と嘆願した。山岸さんはこのままではこの地区の棚田が原野に戻ってしまうと悲嘆している。

急激に減少する日本の棚田

 棚田地域振興法では、目的の第1条に「貴重な国民的財産である棚田を保全し、棚田地域の有する多面にわたる機能の維持増進を図り、もって棚田地域の持続的発展及び国民生活の安定向上に寄与することを目的とする」と高邁な目的が掲げられている。

 この法律で言う棚田地域とは、勾配が20分1以上(20メートルで1メートル高くなる)の一団が1ヘクタール以上あることが要件になっている。そうした棚田が全国にいくつあるのかと言うと、5万4000カ所、面積ベースで13万8000ヘクタールあることになっている。

 これは2005年時点の調査だが、1993年時点では22万1617ヘクタールであったことから見れば、棚田は急速なスピードで失われている。まさに法律にある通り保全・維持が急がれていたわけだ。

 そのため棚田の支援措置も盛りだくさんで、支援を受けるために地域担当コンシェルジュ、施策担当コンシェルジュが情報提供や助言まで行っている。コンシェルジュは農林水産省だけでなく、総務省、国土交通省、内閣府など全部で435人もいる。

 支援を受けるためには、まず「指定棚田地域」の指定を受け、次に棚田の保全や地域振興への取組む主体となる「指定棚田地域振興協議会」を設立、そして「指定棚田地域振興活動計画」を策定して国の認定を受けなければならない。協議会設立には条件があり、市町村を構成員として含める必要がある。

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