2023年2月7日(火)

日本の医療〝変革〟最前線

2022年7月20日

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浅川澄一 (あさかわ・すみかず)

福祉ジャーナリスト、元日本経済新聞社編集委員

1948年、東京生まれ。慶應義塾大学経済学部卒。71年、日本経済新聞社に入社。西部支社を経て、東京本社で流通業、サービス業などを担当。87年11月に生活情報誌『日経トレンディ』を創刊し、初代編集長に。93年に流通経済部長、98年から編集委員。高齢者ケア、少子化やNPO活動など、社会保障全般を担当。2011年2月に定年退社。公益社団法人長寿社会文化協会理事。

日本の医療界にない「公」という意識

 1961年の国民皆保険制度の創設で、急増した医療ニーズを引き受けたのが民間の開業医だった。個人開業から法人化し、さらに20床以上の病院へと規模を拡大していく医師も現れる。「開業の自由」が「経営の自由」の柱として黙認された。

 増大した民間の医療機関は、今や全医療機関の大半を占める。民間の診療所と病院は合わせて約9万で、約11万の全医療機関の82%に達する。公立や公的医療機関が圧倒的に少ない。日本の特異な現象である。

 欧米では、この比率が逆転している。英国では医療はすべて税金で担う国民健康サービス(NHS)を取り、「公」の支配下にある。他の諸国も医療は「公」という意識が強い。

 有事の際には、国や自治体は強い命令を発することが出来る。コロナの専用病床への転換がスムーズに進み、日本のような「医療危機」がほとんど見られなかったのはこのためだろう。

 スウェーデンやドイツでは初期段階で転換策を素早く講じた。米国でも州知事や市長が緊急命令を出して専用病床を確保した。

 これに反して日本では「経営の自由」を盾に、行政からの「要請」に応じない医療機関が続出した。さらには、PCR検査やワクチン接種にも「経営の自由」を振りかざす法人も現れた。

 「幽霊病床」問題も、野放し経営が生んだ。コロナ専用の病床確保料として国から補助金を受け取っていながら、患者を受け入れない悪質な事例だ。感染ピーク時の昨年夏に起きた。「コロナ患者を看たくない」という本音を隠蔽しつつ、「経営の自由」を勝手に行使したものだ。

患者は県をまたいで「自由に」受診

 医療側の「経営の自由」は実は、利用者である患者側の「自由な受診」と裏腹の関係でもあることを忘れてはならない。「フリーアクセス」である。国民はどの医療機関にも自由に受診できる制度だ。これも日本独特といえる。

 高速道路を車で飛ばして、県をまたいで遠くの大病院に受診に来ても構わない。アウトレットモールに買い物に行くのと同じ感覚で医療機関を勝手に探す。その結果、複数の病院への「ドクター・ショッピング」や重複検査、多剤服用という「無駄」の横行を招いた。

 医療は健康な生活を支える社会的サービスである。税金と保険料で成り立ち、「公」に近い。教育と似ている。自治体が運営責任を担う小中学校は公立が大半で、その脇に私立校がある。

 医療も「公」の比率を高め、国民にはフリーアクセスを放棄する意識転換が求められる。何しろ日本医師会は「フリーアクセスが日本医療の金看板」と主張しており、その考え方と真っ向から向き合わねばならない。公立の小中学校にフリーアクセスはない。

 国の新しい病床確保策に対しても、「強制的な仕組みは良くない」と日本医師会は早くも反発している。患者・利用者の間でも「痛み」を伴う国民的な議論を盛り上げたいものだ。

  
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