2022年10月7日(金)

冷泉彰彦の「ニッポンよ、大志を抱け」

2022年9月22日

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冷泉彰彦 (れいぜい・あきひこ)

作家・ジャーナリスト

ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。近著に『「反米」日本の正体』(文春新書)など。メールマガジンJMM、Newsweek日本版公式ブログ連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

行きつく先は究極の国内引きこもり

 1つは、悲観論をバラマいているということだ。物価の安い日本、賃金の上がらない日本、コロナを克服できない日本、これに対してポスト・コロナの好況で、景気が加熱してインフレ化している欧米を対比して、「日本は終わった」というようなネガティブなトーンでまとめると、「何かを言ったような気持ちになる」。そんな自暴自棄的な議論を拡散するのは全く建設的ではない。

 こうした悲観論の延長には、海外への観光旅行は勿論、留学なども諦めるという後ろ向きの姿勢が待っている。留学について言えば、平成中期までは大学院段階が中心であった米国の名門大学への進学が、ようやく学部段階から挑戦する動きが出てきたている。だが、こんな悲観論が蔓延すると、こうした動きには大きくブレーキがかかってしまう。その行き着く先は、究極の国内引きこもり思考である。

 2つ目は、議論が乱暴なことだ。円安の進行は事実であるし、米国の物価高も厳然たる事実である。この2つを掛け算すれば、「ラーメン一杯2800円」というようなセンセーショナルな報道の原稿は、コンピュータを開けば30分で書ける。とにかく安易な「掛け算」でしか考えられていないということだ。

 円安と米国の物価高、実はこの2つの問題は非常に奥の深い、複雑な問題である。その一方で、政治家と官僚だけでは解決できない中で、民意を形成して取り組む必要もある。

 にもかかわらず「ラーメン一杯2800円」というような稚拙な「掛け算報道」を繰り返すというのは、完全に思考停止と言える。個々のライターやテレビ局のADの人たちは、発注に応じて必死に作業していて罪はないが、こうした傾向を煽っている各メディアには猛省を促したい。

円の利上げが絶対的な解決策ではない

 まず円安については、主要7カ国(G7)各国が利上げに動いている中で、日本だけが金融緩和政策を続けていることを非難する意見がある。勿論、日本の低金利が突出していて、円がどんどん売られるというのは批判的な検証が必要なのは間違いない。

 だが、政府負債が個人金融資産である程度相殺されている日本は、官民合わせた国家債務ということでは、まだ余力を残している。反対に、ポスト・コロナの好況が加熱などと浮かれている欧米のほうが、国家全体の借金の構造としては日本より遥かに劣悪だ。

 仮にそんな中で、日本もG7に協調して利上げをした場合に、投機的な思惑から円が買われて円高がコントロールできなくなる危険性は否定できない。そうなると、猛烈な勢いで空洞化を進めている日本経済は、国外から数字として持ち込んでくる営業利益が、円高で圧縮されて一気に経営が苦しくなってしまう。その場合は、最後には日本に残っている本社事務部門が解体の対象となって、膨大なオフィスワーカーの雇用が消滅してしまう。

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