GM作物をめぐる3つの壁
本作のキーパーソンの一人、環境保護活動家のマーク・ライナス氏は、かつてはGMの反対派として過激な運動にも参加していた人物だ。彼はGM作物の問題には3つの側面があると指摘する。「大企業が食物連鎖全体を特許する陰謀説」「除草剤への耐性」「生物種の壁をこえて不自然に遺伝子を移すという考え」の3点だ。
それぞれの意味するところは、ぜひ映画を視聴してほしいのだが、この3つの中で最初の2つ(大企業、除草剤)から外れる例として、バングラデシュで栽培されている「Btナス」が登場する。Btナスは貧困に苦しむ生産者のために開発された最初のGM作物で、バングラデシュでは政府が主導で開発・普及を進めている(2013年に国内で承認、14年より商業化を開始)。
「Bt」とつくGM作物は害虫抵抗性を持たせたもので、その名は土壌に生息するバチルス・チューリンゲンシス(Bacillus thuringiensis: Bt)という細菌に由来する。この細菌は殺虫効果のあるタンパク質をつくりだすため、有機栽培でも利用されている。GM作物では、この殺虫効果のあるタンパク質の遺伝子を導入することで、殺虫剤を用いずに害虫を抑制する。ナスにおいては、深刻な被害を出すナスノメイガの対策となる。
バングラデシュを訪れた二人は、Btナスに切り替えた生産者と、慣行法を続ける生産者の両方と会い、畑で話を聞いていく。従来の栽培を続ける生産者は農薬に頼らざるを得ないが、散布による健康被害を心配し、その顔は浮かない。一方、Btナスに切り替えた生産者は農薬から解放され、収量や品質の向上を実感し、市場で高く売れるようになったと喜ぶ。
調査研究によれば14年以降、Bt ナスに切り替えたバングラデシュの生産者では収量が51% 増加、純収入も128% 増加し、農薬コストは38%削減されたという(「$10M project aims for more pest-resilient food options in Asia」)。
自然とのハーモナイズは不可能?
だが当然、殺虫剤を使っても、GM作物を使用しても虫は死んでしまう。カーステン氏は「われわれが食料を得るために農業を続ける以上、人間が経済活動をする限りは、自然とハーモナイズするというのはできないでしょう。自然といかにバランスをとっていくか、それしかないように思います。人間が自然とハーモナイズするのは死が訪れた時でしょう」と語る。
映画の冒頭には、ヒッデ氏が喫茶店のコースターを並べながら、カーステン氏に品種改良とは、作物の遺伝子を変化させることだと説明するシーンがある。そもそも、普段私たちが口にしている野菜や果物、穀物の大半は、その手段がGMでなかったとしても、人間にとって好都合な形質に変化したものだ(さらには家畜やペットも)。
近年、新たな品種改良技術として注目されるゲノム編集は、必ずしも他の生物由来の遺伝子を使用しなくても作物の遺伝子を改変できる。つまり、先のGM作物の3つの壁のうち「生物種の壁をこえて不自然に遺伝子を移す」には該当しないことになるが、これが理由でGMに抵抗感を抱いていた人は、ゲノム編集ならば受け入れられるのだろうか。だが、ヒッデ氏は「そう単純な話ではない」と言う。
「私はそもそもGMとゲノム編集を分けて考えるべきではないと考えています。〝より自然に近い〟という理由で、ゲノム編集はいい・GMは悪いとするのはミスリードです。自然界においても、異なる種のDNAが侵入し、ゲノムに付加されたり、一部が置き換わったりする『水平伝播』は普通に起こっていることですから」。