襲撃事件の〝背景〟
映画の焦点は今から6年前、16年の政治スキャンダルだ。
現大統領ルラは03年1月から10年末まで2期8年にわたり大統領職にあった。最後まで支持率は高かったが、セルジオ・モロという地方判事の独自捜査で16年、汚職事件に巻き込まれる。
ルラが在任中、アパートを不正に入手していたという疑いがかけられ、17年7月、汚職とマネーロンダリングの罪などで禁固9年半の有罪判決を下される。すぐに控訴したが却下され、18年1月に刑務所に向かう。
ルラの汚職捜査の渦中、彼の弟子のブラジル初の女性大統領、ジルマ・ルセフ(11〜16年在任)がルラをかばい、弾劾される。弾劾の根拠はあいまいで、右派を中心とした国民のデモに乗じた議員たちが、印象だけで弾劾に追い込んだように見える。
03年のルラからルセフ弾劾の16年までの13年あまりにわたる、ブラジル初の長期左派政権が葬り去られた。
有罪判決を受けたルラが大統領選に再出馬できなかったため、18年には泡沫候補だったボルソナロがその毒舌でみるみる頭角を現し大統領となる。
一連の汚職スキャンダルで残ったのは、左派も右派と同じ穴のむじなで、政治家の汚職はとにかくひどいという印象だった。
南米司法の「闇」
映画が描くのはルラの拘束までだが、その後、司法界で大きなどんでん返しがある。
19年7月、第三者機関の調査で、ルラを追及したモロ判事がルラの大統領選出馬を阻もうとしていたことが明らかになり、司法がその事実を追認した。それを踏まえ、連邦最高裁は21年3月、ルラに対する有罪判決をすべて無効とする決定を下す。
推定無罪の原則に従えば、ルラははなから有罪にならないはずだった。一判事による意図的な追及が一人歩きするブラジル司法の恣意性がそこにある。
なぜこのようなことが起きてしまうのか。モロ判事をはじめ当時の連邦裁判所は責任を問われないのか。
このあたりが南米の司法の怖いところだ。筆者の友人もある罪で告発され、結果的に冤罪が判明したが、裁判の過程でまる1年収監された。その結果、勤めていた機関に解雇され、収入も年金も失った。
国に賠償を求めたが、叶わなかった。一私人のことだが、政治家にも同じ不条理が起きる。ルラ、ルセフはその被害者と言える。
ブラジルの世論調査機関ダッタフォーリャによれば、23年1月8日の襲撃について国民の9割以上が「支持しない」と答えている。これが正しければボルソナロ派の大半も支持していないことになる。