次々に対中非難の情報を発信
米国は気球を確認した1月28日から高高度を飛行可能なU2偵察機などを使って、気球の機能や飛行ルートを監視、分析し続けていたことは確実であり、中国の不誠実な対応に業を煮やした結果が撃墜となった。しかも、米国の怒りは撃墜だけでは収まらなかった。撃墜後、米国防総省は矢継ぎ早に中国非難の情報を発信する。
偏西風の影響で飛行ルートを外れたとの中国の主張を「ウソだ」と言い切った上で、米本土を領空侵犯した気球は、トランプ政権当時から4回確認し、「監視任務を行うために開発された中国気球部隊の一部」、「偵察用気球は中国空軍が運用している」、「日本や台湾、インド、ベトナム、フィリピンなどの軍事情報を収集している」――などと説明。ウクライナ戦争でも使われた機密を含む情報を発信して国際世論を共鳴させる手法だ。
さらに、撃墜からわずか4日後には、ブリンケン国務長官が会見で、「標的となったのは米国だけではない。5大陸の国々の主権が侵害されている」と批判、中国の内モンゴル自治区に偵察気球の打ち上げ施設があり、40カ国以上の領空に気球を飛ばし、米国はそれらの国々と中国の監視用気球について情報共有を始めたことも明らかにしている。
領空侵犯した気球は撃墜可能
あくまで報道ベースの分析ではあるが、かねてから米国は中国軍の気球の運用に神経を尖らせ、警戒を強めていたことは明らかだ。回収した気球の残骸などから、今回の気球には複数のアンテナが取り付けられており、米国務省は、通信傍受などが目的との見方を示している。
だが、気球の用途は情報収集にとどまらない。気球は大型バス3台分というスケールで、情報収集機材の代わりに軽量な生物・化学兵器を搭載し、上空で散布可能となれば、甚大な被害をもたらすことは確実だからだ。
米軍機による気球の撃墜について、国際法の専門家は「中国の主権侵害は弁解の余地がない」、「米国の許可を得るという国際法の大原則を無視しており、領空侵犯にあたる」などと指摘する。米軍の行為を批判する論調は見当たらない。
国際法上、浮力を使って飛ぶものは航空機にあたるとされ、戦闘機などの有人機が領空侵犯した場合には、領域国は領空外に出るように警告し、従わない場合には撃墜する権利がある。だが、気球や無人機への対応は過去に例が少ない。それだけに今回、目的の如何に関わらず、気球が無許可で領空侵犯すれば、領域国は破壊したり、撃墜したりするという実例をつくったことは評価できる。
今回も気球が米アラスカ州アリューシャン列島近くに米国が設定した防空識別圏(ADIZ)に接近してきた段階から、米国は中国の反応を見極めながら、対応を協議、検討していたはずだ。まさに〝敵失〟に乗じた好例と言っていい。