ホルモン補充療法の有益性と害
HRTの有益性と害については、とにかく膨大な臨床研究の歴史があり、その評価が二転三転してきたので、家庭医も判断に苦しむことが多い。何よりも、患者にバランスよく理解してもらえるかが鍵である(そこが家庭医のやりがいとも言える)。
特に、今までのいくつかのHRTの研究では、後日その研究参加者、投与期間、分析方法、などに重大な誤りがあって、エビデンスの評価が限定的だったりしているので注意が必要である。
最近も、2019年に英国の医学雑誌『ランセット』に発表された、乳がんにおけるホルモン因子に関する共同グループ (Collaborative Group on Hormonal Factors in Breast Cancer; CGHFBC) のメタ分析で、膣内エストロゲンを除くすべての HRT 製剤の1〜4年間の使用が乳がんのリスク増加と関連していた(リスクは中止後最大10年間持続した)ことが発表されたが、このエビデンスについて複数の専門学会から懸念が表明されている。このエビデンスに基づいてHRTと乳がんの関連について警告を出した英国の医薬品・医療製品規制庁へも複数の専門学会から懸念が表明されている。今後の専門家の検討によって、よりバランスの取れた(公正な)推奨事項が提供されることを期待したい。
「アラフォー」のH.T.さんのリクエストについては、2022年11月に米国予防医療専門委員会(US Preventive Services Task Force; USPSTF)が米国医師会雑誌『JAMA』に掲載した「閉経後で無症状の人にHRTを投与することは推奨しない」という発表が参考になる。
現在39歳で更年期の症状が無いH.T.さんが、少なくともHRTを急ぐ必要はない。今からHRTをしても更年期の症状が予防できたり、軽くすんだり済むことは期待できない。
「というわけなんです。どう思いますか」
「じゃあ『アラフィフ』ぐらいになって症状が出てきたら、また相談ですね」
「はい。もし、それ以前に何か方針を変えるような重要なエビデンスが発表されたら、お母さんの訪問診療の時でもお話ししますね」
「でも『アラフィフ』って『荒皮膚』みたいでイヤな響きですね」
「伊勢神宮には五十鈴川があるし、東北には五十鈴神社って結構あるんですよ。神様に近い感じでおめでたいです」
「先生もおめでたいですね(笑)」