去る1月31日、3つの百貨店が閉店した。まずは渋谷駅を降り、道玄坂を登り切った丘の上にある東急百貨店の本店。この日、1967年の開店以来55年の歴史を閉じた。立川市では立川高島屋S.C.の百貨店区画が営業を終えた。百貨店は1970年開店の立川高島屋を前身とする。
そして3店目、北海道帯広市の百貨店「藤丸」が1900年(明治33)の創業以来123年の歴史の幕を閉じた。道東最後の百貨店で、丸井今井が三越伊勢丹ホールディングスの傘下に入って以来、地元資本としては北海道全土で最後の百貨店だった。
ここ数年では、他にも地方百貨店の閉店が相次ぎ、現在、山形県と徳島県には百貨店がない。福島県と滋賀県は県庁所在都市に百貨店がない。百貨店といえば中心街を代表する大型店で高級品中心の品揃えが特長だが、このような伝統的な百貨店は少なくなった。
昔から百貨店は中心街の「顔」だった。筆者は財務省広報誌「ファイナンス」で連載「路線価でひもとく街の歴史」を担当している。地価が最も高い地点=街の中心地という前提で、近代以降の街の中心の移り変わりを経済史の文脈で解説するコーナーだ。
興味深いことに伝統的な街の中心には老舗百貨店がある。同じく一等地を占める地域銀行と隣接するケースもある。日本橋室町なら三越本店と三井銀行、甲府なら山梨中央銀行と岡島百貨店。藤丸百貨店も北海道拓殖銀行帯広支店と隣接していた。
日本近代史において、百貨店が街の顏だったことは間違いない。百貨店の閉店は街の顔が無くなったほどの衝撃がある。一極集中が続く東京はともかく、地方都市においては、活性化努力の割に歯止めがかからない市街地空洞化の末期症状にみえてならない。
地方の街の中心は郊外へ
街の賑わいはどこに行ってしまったのか。それは街の向こうのバイパス沿いである。
近年、地方百貨店が店を構える拠点都市で最高路線価地点が郊外に移ったところが2つある。北海道釧路市と富山県高岡市である。
釧路市は、2020年に最高路線価地点が「北大通13丁目駅前南浜町通り」からイオン釧路店前の「釧路町木場一丁目国道44号通り」に移った。イオン釧路店は元の釧路サティ(ニチイ釧路店)で、2011年から今の店名になった。
1999年までの最高路線価地点は「北大通4丁目金安時計店前北大通り」だった。北大通りは釧路のメインストリートだ。金安時計店の街区の北側に老舗百貨店「丸三鶴屋」の本館、東側に新館があった。
丸三鶴屋は1906年(明治39)創業の呉服店が前身で、開業は1930年(昭和5)である。1996年に廃業するが、札幌に本店を構える丸井今井百貨店が引き継ぎ同社の釧路店となった。それでも10年後の2006年に撤退を余儀なくされる。その4年後の2010年、最高路線価地点はかつての中心地を後にし駅前に移転。さらに10年後には郊外に移転することになる。