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2020年6月25日

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鈴木文彦 (すずき・ふみひこ)

大和エナジー・インフラ投資事業第三部副部長

仙台市生まれ。1993年七十七銀行入行。2004年財務省に出向(東北財務局上席専門調査員)等を経て2008年大和総研入社、2018年から大和エナジー・インフラに出向中。専門は地域経済、地域金融、地方財政。中小企業診断士。最近の共著に「地銀の次世代ビジネスモデル」がある。

緊急事態宣言下では、全国の百貨店で休館が相次いだ(AFLO)

 コロナ騒動の中、経済産業省が公表した2020年4月の百貨店・スーパー販売額は百貨店とスーパーで明暗を分けた。百貨店とスーパーを合わせた大型店全体では前年同月比18.6%の減と消費減退は明らかだが、百貨店が前年同月を71.5%下回ったのに対し、スーパーは逆に3.7%上回っていた。飲食料品の増加がスーパー販売額を押し上げた。

 とりわけ衣料品の落ち込みが激しい。衣料品を主力とする百貨店業態がコロナ禍の直撃を受けたかたちだ。4月7日に新型コロナウィルス感染症にかかる非常事態宣言が発令されたことを受け、食品売り場を除き全面休業する百貨店がそもそも多かった。飲食料品は落ち込み幅こそ衣料品より小さかったがそれでも半減。増加したスーパーとは対照的だ。

 コロナ禍がなければ堅調というわけではなく、以前から兆しがあった。昨年来、地方都市や郊外を中心に百貨店の閉店が相次いでいる。日本百貨店協会によれば20年4月末の店舗数は203店舗と2000年の約3分の2。昨年は前年比で11店舗減少しており、直近20年で最大の減少幅だった。

 本年1月27日、山形市の大沼百貨店が山形地裁に自己破産を申請、経営破たんした。80年代にはメインストリート七日町通りから駅前通りにかけて中心街に4つの百貨店があった。それが2000年に山形ビブレと山形松坂屋、18年には十字屋山形店が閉店。大沼百貨店は創業元禄年間の老舗であると同時に最後まで残った百貨店だった。大沼百貨店の閉店で、山形市は全国で初めて百貨店がない県庁所在地になった。

 その他、新潟三越や天満屋広島アルパーク店などがこの3月までに撤退。閉店予定の報道を数えると今年も昨年とほぼ同水準の10店舗減少する計算になる。中には当地唯一の百貨店、中合(福島市)、そごう徳島店(徳島市)、西武大津店(大津市)の閉店予定もあり、後継テナントの動向によっては百貨店がない県庁所在地が増える可能性が高い。

競争の末に失われた百貨店のオリジナリティ

 とくに地方都市で百貨店が苦境に陥っているのはなぜだろうか。考えるにモータリゼーション、ネット通販、迷走気味のポジショニングの3つある。前のふたつが外的要因、もうひとつは百貨店の内的要因と言える。山形市を例に考えてみる。

 第一の要因がモータリゼーションである。山形市でも70年代ころから中心街の駐車場不足が問題視され、店舗ごとに立体駐車場を整備するなど対応してきた。

 その後もモータリゼーションは進展し、90年代後半になると一家に2台の自家用車を持つケースが増えてくる。大型店の進出をきっかけに郊外店舗が点在していたロードサイドから新たな商業拠点が成長した。97年には中心市街地の北側、2000年には南側に2万平方メートルクラスの大型ショッピングモールが開店。両者の店舗面積を合わせると4つの百貨店と互角の勢力となる。百貨店が集積する中心商店街を南北からはさみうちにする格好になった。

 さらに山形市特有の事情として買い物客の仙台市への流出がある。高速道路の拡幅によって仙台市との往来が増えた。これもモータリゼーションの内に含まれよう。

 第二の要因はネット通販の台頭である。これは百貨店に限らずリアル店舗全体にとっての脅威だ。書店、CD/DVD店だけでなく家電量販店、酒販店など重量物も深刻だろう。これまでマイカーで郊外の量販店に乗り付けてまとめ買いをしていたものが、ネット通販では郊外の大型倉庫から宅配便で届けてくれる。買い物動向調査によれば、2018年における山形市世帯の買物流出先は第3位の仙台市を上回り通信販売が第1位だった。

 第三の要因は百貨店業態のあり方そのものにある。70~80年代は百貨店の全盛期ではあるが、中心街に進出してきたスーパー資本との競合の末、百貨店が「百貨店らしさ」を失い単なる大型店になってしまった。たとえば山形市中心街には67年に長崎屋、72年にダイエーとジャスコ、73年にニチイが出店(後に山形ビブレに業態転換)。74年には山形初のファッションビル、セブンプラザが開店した。

 業種分類こそスーパーマーケットだが、主に住宅街にチェーン展開し、食料品を主力とするスーパーとは違っていた。品揃えはむしろ食料品以外の商品が多く、1階に化粧品や服飾雑貨、2階より上に婦人服、紳士服そして最上階にレストランというような、百貨店とよく似たフロア構成の大型店。今でいう総合スーパー(GMS)と言われる業態である。消費者にすれば昔からあった百貨店と見分けがたい。

 続々と進出するスーパー系のGMS、ファッション中心のテナントビルに対し、百貨店もまずは規模拡大で応酬する。山形市、大沼百貨店も4階建て5500平方メートルだった店舗を71年までには7階建て18000平方メートルに増築した。ここで着眼したいのは、この時期の地方百貨店の特徴として、規模だけでなくコンセプトや品揃えも競合他店に同化していったきらいはないかという点である。「より良い品をより安く」を追求したこと、大型化を進める過程でテナント中心の売り場構成になったことで伝統的な百貨店のポジショニングが揺らぐ。同じ土俵に乗ってしまった末にモータリゼーションや資本力で競争劣位に陥ったパターンである。

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