2024年12月12日(木)

Wedge OPINION

2023年5月22日

 抑々ロシアでは大衆が街頭に出て大規模なデモをした程度で政権が転覆することは無いとされている(”Mass street protests by themselves won’t bring regime change in Russia” Euromaidan Press Jan. 24, 2023,)。弾圧機関がガッチリ機能しているからだ。しかし、エリートの分裂が起きれば何らかの展開が始まるとされている(”Russia seems vulnerable. Is Putin?” Irina Busygina、Harvard Gazette)。

 政府はすでに衰退している。明らかにコントロールを失い、命令が守られていない。あらゆる問題が雪だるま式に増大し、すべての安定が失われている。ソビエト連邦末期、ミハイル・ゴルバチョフが、誰も従う気のない、強制力のない法令を次々と発布した時に似てきた。

 政権が崩壊すれば、さまざまな軍事組織が衝突し、ラムザン・カディロフやワグネルグのプリゴジンが戦闘員とともに戦いに加わり、野心家の将軍や知事、その他の組織が入り乱れて戦闘に参加することになるだろう。こうなると暴力と流血のレベルは想像を絶するものになり、事態は黙示録的なものとなると論ずる者もいる("How Exactly Could the Putin Regime Collapse?" Leonid Gozman、Nov. 23, 2022)(”Russian Opposition Figures Form Anti-War Committee from Exile” March 23, 2022)。

 もちろん、政権交代の可能性も民主化の可能性も低いと見る専門家もいる。プーチン氏はまさにその為にあらゆる防御と弾圧の仕組みを綿密に構築してきた。弾圧機関が異変をすぐに察知し、公開、非公開で処刑する。

 米国安保プロジェクト(ASP)のバネサ・スミス・ボイル研究員は、こういう環境の中でロシアの次期大統領に親欧米の民主主義者が就任する可能性はほとんどないと指摘する(”Why Regime Change in Russia is Unlikely”  Vanessa Smith-Boyle、Jun 08, 2022)。しかし別の論者はクレムリンの縦割りの権力機構の外側から来た指導者なら、戦争を終わらせ、欧米とのより良い関係を模索するだろうと論じている(”Putin’s Last Stand: The Promise and Peril of Russian Defeat” Liana Fix and Michael Kimmage、Foreign Affairs, January/February 2023)。

 ハーバード大学のレミントン教授はむしろ戦死した兵士らの母親などが行動を起こすと国を動かすかもしれないと考える。同教授は既に中銀の債務は巨大化し、大量のロシア兵が戦死し、軍事組織は機能不全に陥っているため、ロシアの政変は1年以内に50%以上の確率で発生すると見ている(”Russia seems vulnerable. Is Putin?” Christina Pazzanese、Harvard Gazette)。

統治の正統性の議論が始まった

 ここへ来て、米有力紙ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)の論説委員がこの戦争はとどのつまり正統性の戦争だと言い始めた(”Ukraine vs. the Axis of Illegitimacy” Holman W. Jenkins Jr、Wall Street Journal May 9, 2023)。プーチン大統領は自分の強権統治の正統性を国民が問題視しているのを知っている。彼はそれを巻き返すために戦争に打って出て、強い勝利者たる地位、つまりプーチン流の正統性を確保しようとしているのだとする議論だ。

 プーチン大統領は北大西洋条約機構(NATO)拡大をウクライナ侵攻の口実にしているが、NATOが攻めてくる組織でないことは大統領自身十分に知っているはずだと論じている。その証拠に、NATOに包囲されているカリーニングラードやNATOに新規加盟したフィンランドとの830マイルの国境警備にもロシア軍を新規に配備していない。要するに「NATOの拡張を喰いとめる」などと世界に向かって主張するプーチン大統領自身がNATOは拡張主義だとは思っていないのだ。

 彼にとっての最大の問題はロシア国民が自分の統治を信任していないという危機感だ。それがこの戦争を始めた動機だ。戦場での勝利が正統性を与えてくれる、つまり今日のロシアの問題の核心は「統治の正当性」なのだ。WSJ紙はそう論じた。

 更にこの記事は同じ問題が中国や台湾との関係にもあると論じている。要するに台湾は中国の安全保障を全く脅かしてはいないが、台湾の存在自体が中国共産党の権力独占の正統性を無言で問うているというのだ。ロシアがウクライナを侵攻した途端、中国は「専制体制の統治の正統性」という深刻な問題に繋がる危険を察知し、ロシアの今後を強く案じてきたと論じている。

 要するにWSJ紙は現代的な情報革命の時代では、一党独裁の政府がいくら言論統制をしても、国営TV放送で一方的な情報を日夜流しても、統治の正統性を確保することは難しくなってきたと議論をしているのだ。


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