戦争、感染症、テロ…ユーモアで有害情報と戦う
インターネット・ミームは、必ずしも負の側面ばかりではない。戦争、感染症、テロとの戦いにおいて一定の意味と効果を持ってきた。
特に活躍しているのが、2010年頃から人気を博すネット・ミームの一つである「柴犬」だ。23年4月、CEO(当時)のイーロン・マスク氏の意向で、Twitterの公式アイコンが一時的に「青い鳥」から「柴犬」に変わり、疑問を持った人も多いだろう(なお、現時点で公式アイコンは「青い鳥」に戻っている)。
「柴犬」は国家規模の情報戦でも用いられている。ロシアによるウクライナ全面侵攻では、「北大西洋条約機構(NATO)」ならぬ「北大西洋同志機構(North Atlantic Fellas Organization: NAFO)」と呼ばれるインターネット上の有志がロシアの情報戦に抵抗している。具体的には、NAFOは柴犬の画像等を用いて、ロシア政府の発信や行動を嘲笑するようなミームを送り付け、ウクライナのために財政的支援をしてくれた人々に柴犬のアバター等をプレゼントする。ウクライナ国防省は、NAFOの「クレムリンのプロパガンダやトロール(荒らし)に対する激しい戦いに感謝」を表明した。
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)と関連する風説や偽情報が流行・拡散していた頃、台湾政府は正確な情報を市民に届けるため、柴犬を活用した。正確には、衛生福利部の広報犬「総柴(總柴, Zongchai)」である。
「総柴」は「総裁」と同じ読み方で、韻を踏んでいる。総柴を用いたコンテンツには政府公式のものから、市民によって修正されたものまで、無数の亜種が存在する。ここまで柴犬が人気を得ている理由は理解できないものの、台湾現地では一定の人気があるようだ。22年11月の台北市長選挙に立候補・落選した民進党候補・陳時中氏も衛生福利部長時代には総柴と多くの「ツーショット」を投稿している。
台湾政府は総柴の人気を活用し、例えば、ソーシャルディスタンスを周知する際、総柴の公式発表という形式で、「屋内では1.5メートル(総柴3頭分の距離を)」と発信する。こうした台湾の政策は「噂よりもユーモアを(humor over rumor)」と呼ばれる。
インターネット空間、特にソーシャルメディアでは正確な情報よりも、偽情報の方が早く、遠くまで伝播しやすい。正確にいえば、偽情報には「誰かと共有したくなる」ような、怒り、驚きといった感情を引き起こすからこそ、拡散しやすい。こうした特徴を逆手にとって、伝えたい情報やメッセージにユーモアを交える情報発信が「噂よりもユーモア」だ。デジタル担当無任所大臣(当時)のオードリー・タン氏はこの取組みを、インフォデミック(偽情報の大流行)を引き起こす「ウイルスに対抗するミームを作る」と説明した。
NAFOと台湾の新型コロナ対策に共通するのは柴犬を使っていることだけではない。ユーモアを用いてプロパガンダや偽情報といった有害情報の効果を減殺しようとしている点だ。
こうした取り組みは日本も無縁ではない。15年初頭、シリアで日本人2人が過激派テロ組織「イスラム国(IS)」に拘束され、殺害された。事前にISは殺害予告動画を公開し、これに対して、日本のインターネットユーザーが動画の切り抜きを加工し、「#ISISクソコラグランプリ」のハッシュタグとともにTwitterに多くの画像を投稿した。つまり、動画の切り抜き部分がミーム化した。