コシヒカリ環1号を知っていますか? コシヒカリから生まれた新品種で、カドミウムをほとんど吸収しないという性質を持っています。このコメの血を引く「あきたこまちR」という品種も、2年後には登場しそうです。
実はこのコシヒカリ環1号、日本のコメが抱える二大問題を解決できるかもしれないすごい品種です。ところが今、「放射線育種米」や「放射線米」などと名付けられ、SNSやYouTube、TikTokなどで情報が流されて「ヤバイ」などと言われ始めました。放射線という言葉が誤解につながっているようです。このままでは風評被害にもつながりかねません。
コシヒカリ環1号はどんな品種なのか? なにがすごいのか? 科学的に正しい情報を提供します。
カドミウムという負の歴史
コシヒカリ環1号のすごさを理解するにはまず、日本のコメのカドミウム問題の歴史を知る必要があります。
重金属カドミウムは土壌や水、銅や亜鉛などの鉱石に広く存在します。日本では、鉱山の採掘や金属の精錬時にカドミウムが高濃度で排出されました。富山県神通川流域では、神岡鉱山から排出されたカドミウムが川の水や流域でとれたコメなどに高濃度で蓄積し、流域住民の中に、手足の骨がもろくなり身体中の激しい痛みを訴える「イタイイタイ病」患者が現れました。とくに女性が激しい症状に見舞われ死者も出ました。
国は1968年、公害と認定し、患者の救済措置を講じると共に、カドミウムが高濃度の汚染農地での稲作を禁じ、土をほかの土と入れ替える「客土」などの対策を講じました。
カドミウムは富山県だけの問題ではありませんでした。銅や亜鉛の鉱山は日本各地にあったので、ほかにも局所的にカドミウムの濃度の比較的高い農地がありました。
植物は土壌や水中のカドミウムを吸収しますが、とくにイネはカドミウムを吸収しコメに蓄積しやすい性質を持っています。しかも、コメは日本人の主食であり摂取量が多くなりがち。大量摂取による中毒症状だけでなく、一定量を長期間食べ続けることによる腎機能障害などの影響も懸念されました。
そこで国は70年、玄米のカドミウムの規格基準として「1.0ミリグラム(mg)/キログラム(kg) (玄米1kg中にカドミウムが1.0mg)未満でなければならない」と定めました。そのうえで、0.4mg/kg以上1.0mg/kg未満のコメは国が買い上げ食用とはせず、工業用のりの原料などに用いることにしました。さらに2011年、「玄米及び精米中にカドミウムとして0.4mg/kgを超えて含有してはならない」とする基準を施行しました。
基準値を超えるコメは流通していないが…
基準をクリアするため、国や自治体は、農地に客土したり、農家に対してイネの栽培管理を指導してきました。何十年ものカドミウムとの闘いがあり、現在もカドミウムの検査は続けられています。
基準値を超えるコメは流通していません。とはいえ、日本のコメのカドミウム濃度は他国に比べて高い傾向にあり、コメは主食なので、やっぱり日本人のカドミウム摂取量は多くなりがちです。
内閣府食品安全委員会のカドミウムについての食品健康影響評価(2009年)によれば、カドミウムの耐容週間摂取量は7マイクログラム(μg)/kg体重/週。つまり、1週間のカドミウム摂取量は体重1kgあたり7μgにとどめるべき、ということです。
実際のカドミウムの食品からの摂取量は、コメの消費量の半減などにより大きく減っており、日本人の平均値は2.8μg/kg体重/週でした(07年)。耐容週間摂取量を超える人は、現実にはほとんどいないと考えられました。
ひとまず安心。でも、コメは、多くの人にとって主要なカドミウム摂取源であり、全摂取量の約半分を占めます。国は、コメの消費量をこれ以上減らしたくなく、むしろ積極的に食べてもらいたい。そのため、コメのカドミウム濃度を低く抑えることは、依然として極めて重要です。