それに加えて、選挙区割りの行われ方によって、実質的に投票権が意味をなさなくなるという問題も存在する。米国では、連邦議会下院の現職議員の再選率は95%を超えるが、その大きな理由の一つは各州で優位に立つ政党が自党に有利な形で選挙区割りを決めるためである。
本選挙で勝利する政党が多くの選挙区でほぼ決まっている状態であれば、投票に行くことに意味を見出すことができない人がいても不思議でない。米国は民主政治の母国だと主張することが多いが、投票率は大統領選挙の年であってもせいぜい60%程度である。もっとも、選挙結果が実質的に決まっているにもかかわらず6割近くの人が投票に行くのは立派だということはできるが、選挙区割りの仕方によって選挙結果が実質的に決まってしまうのは妥当でないと考える人も多いだろう。
連邦最高裁判所が定めた選挙区割りのルール
選挙区割りに関しては、各州は原則として自由に区割りでき、それが党派的なものであっても構わないと理解されてきた。また、1982年に修正された65年の公民権法ではマイノリティが多数派になる選挙区を可能な範囲内で作るよう求められていたが、連邦最高裁判所はその要請をさほど重視していないのではないかとも考えられていた。
それらの根拠は、連邦最高裁判所が2018年に出した2つの判例である。まず、テキサス州における選挙区割りが黒人と中南米系の有権者に対して差別的な結果をもたらすのではないかと争われた事件で、同州議会が悪意に基づいて選挙区割りを行ったと断定することはできないという判決が出された。
また、合衆国憲法が党派的なゲリマンダリングを禁止しているか否かが争われた事件では、連邦最高裁判所は区割りが党派的か否かを判断する立場にないとした。これらの判決は共にジョン・ロバーツ主席判事を中心とする保守派判事によって出されたものであるが、これらの結果、連邦最高裁判所が党派的な意図に基づくゲリマンダリングを実質的に容認したと理解された。人種差別に基づく選挙区割りについても、悪意なく行われた区割りの結果として黒人の議員数が減少したとしてもやむを得ないと判断したと理解された。
だが連邦最高裁判所は、23年6月に2つの判例を出し、人種的なゲリマンダリングについての立場を新たに述べるとともに、党派的なゲリマンダリングについても州議会が無制約に行うことができるわけではないことを明らかにした。
人種的ゲリマンダリング―Allen v. Milligan判決
人種的ゲリマンダリングについては、アラバマ州が行った選挙区割りをめぐって争われたAllen v. Milligan事件に関する判決が出された。アラバマ州では、優位を保っている共和党が20年の国勢調査の結果を受けて選挙区割りを行った。
同州には7つの連邦議会下院の選挙区が存在する。アラバマ州の人口中、黒人が占める割合が26.8%であることを考えれば、黒人が2議席を確保してもおかしくない。だが共和党が行った選挙区割りによって黒人居住区が1つの選挙区の中に詰め込まれ、他の選挙区には黒人の住民がさほど多くない状態となり、黒人が勝利した選挙区は1つのみとなった。この妥当性を問う訴訟が提起されたのである。
先ほど指摘したように、1965年に制定され、82年に修正された投票権法では、黒人が政治的影響力を持つのを妨げるような選挙区割りを行うべきではないという方針が示されていた。この規定は人種差別の過去を払拭し、黒人の政治的地位の向上を目指すためのものだったが、南部諸州で同規定を積極的に活用したのは共和党だった。
共和党は、州内の黒人居住区をまとめて1つの選挙区にすることで、黒人が当選しやすい選挙区を積極的に作ったと主張していた。たしかに、例えば選挙区住民の大半が黒人という選挙区を作れば黒人候補の当選はほぼ確実になる。だが、そこに居住する黒人有権者を2つの選挙区に分ければ、黒人候補が2人当選する可能性が高くなる。上述のような措置は結果的に黒人の政治的代表性を低下させているのではないかとの疑問が呈されてきたのである。