2023年4月、ドナルド・トランプは大統領経験者でありながら起訴された、米国史上初の人物となった。本件は不倫の口止め料をめぐる不正会計疑惑に関する訴追だが、トランプはそれ以外に、20年大統領選挙の集計作業に介入した疑惑、大統領選挙の結果を認めず権力移行手続きを妨害した疑惑(連邦議会議事堂襲撃事件)、機密文書を自宅に持ち出したまま返還要請に応えなかった疑惑を抱えている。前の二件は州裁判所で争われる事件(ニューヨーク州とジョージア州)なのに対し、後の二件は連邦裁判所で争われると予想されている。
今回の起訴に対してトランプは、魔女狩り、左派による司法部門の武器化などの表現を使い、自らを被害者と位置付けて支持者の結集を図っている。自らを不当な権力に対する挑戦者と位置付けて岩盤支持層に訴えかける戦略は、16年大統領選挙時から変わっていない。
他方、民主党支持者など起訴を支持する人々は、大統領経験者であっても罪を犯せば裁かれるという「法の支配」を貫徹する意思を示した検察官(検事)を支持している。また、訴追を決めたのは抽選で選ばれたニューヨーク州民による大陪審なので、訴追は無党派だと主張している。
日本では司法部門は政治的対立とは距離を置いた部門であるべきだという認識が強いので、訴追の党派性が指摘されることに違和を感じる人がいるかもしれない。また、今回の起訴では大陪審に注目が集まったし、訴訟は小陪審による陪審裁判になると報じられている。
では、米国の刑事裁判は一体どのように展開するのだろうか? また、米国の陪審制度とはどのようなものなのだろうか?
日本とは異なる刑事訴訟の流れ
刑事訴訟の基本的な流れは、以下のようになっている。まずは、検察官が行った捜査を基に、大陪審が起訴すべきかどうかを決定する(検察官のみによる起訴も制度上ある)。起訴がなされると、罪状認否において被告人に起訴状が提示される。起訴内容を示された被告人は、無罪か有罪かの答弁を行う。
有罪の答弁を行った場合は、公判を省略して量刑手続きが行われる。他方、無罪の答弁を行った場合は公判に向けた手続きが開始される。
被告人は公判を、陪審員(小陪審)を用いたものにするか否かを選択する権利を持つ。陪審員裁判が選択された場合は、陪審員の選任手続きが行われる。
具体的には、陪審員候補に対する予備尋問を裁判官、検察官、弁護人が行い、各当事者は偏見を持っている恐れがある者を申し立てることができる。その数は無制限で、裁判官が申し立てに根拠があると認めた場合には、その候補は除外される。
各当事者は、一定数に限り、理由を示すことなく陪審員候補を忌避することもできる。(トランプは今後、これらの手続きに時間をかけて訴訟を長引かせ、メディアの報道を自らに向けさせようとするだろう)。