2024年11月22日(金)

チャイナ・ウォッチャーの視点

2023年8月1日

 もっとも、広く「中国史」を眺めても、このような軍事力や政治勢力の分散と、そのことが引き起こした混沌は枚挙に暇がない。近代史においても19世紀半ばの「太平天国の乱」とその鎮圧以来、地方ごとに武装した儒学者の地方軍事力が台頭し、やがて漢人エリートが近代化を主導するようになる中、没落した清の古い軍事組織「八旗」の人々が保守・排外化し、ついには「義和団の乱」にお墨付きを与えて八ヵ国連合軍の北京占領を招くという破滅的事態を迎えた。

 その衝撃を踏まえた全面的な近代国家への移行政策である「清末新政」の過程では、多くの若いエリートが立身出世を求めて日本に留学し、国家建設と軍事の関係をめぐる熱い思想的雰囲気の中に身を投じた。そのような中で辛亥革命が起こり、中華民国が成立すると、北京の中央政府の混迷・弱体をよそに、各地で殖産興業に努めたエリートが軍閥として割拠した。

 中国共産党 (以下、中共) と中国国民党は、このような歴史的雰囲気の産物である。彼らは中国の「富強」の必要性を痛感するからこそ、中央政府の弱体と軍閥割拠で「富強」が実現せず、さらなる列強の圧迫を招いている事態に隔靴掻痒(かっかそうよう)した。そこで両者はいずれも「党が国家と軍事をあらゆる面で指導する」というレーニン主義的「党・国家体制」を採用してきた(国民党は社会主義志向ではないが、人々を教え導く「訓政」を行うためにレーニン主義的体制を採用した)。

 とりわけ中共の場合、「労働者と農民のための国家」「中華民族のための国家」を創るためには、旧秩序と帝国主義列強を粉砕する必要があると考えて「政権は銃口から生まれる」と説き、その「銃口」を指導するものとしての党、とりわけ正しい指導者(領導人・領袖)の存在を徹底的に強調し、人々を教育してきた。

 そして最近では、中共こそが「安定」「発展」を通じて中国の「富強」を実現し、米国と西側諸国を牽制してロシアとともに「多極化世界」構築を主導し、「人類運命共同体」を創るという宣伝をますます強めており、そのような党の指導のもとで中国の全ての人が「中華民族」として団結するように、強権を以て人々の思想と行動を正そうとしている。

なぜ、秦剛外交部長は失踪したのか

 だからこそ、一見すると習近平外交思想の「戦狼」と化している中国外交部で起こった今回の不祥事には、なおさら多くの注目が集まらざるを得ない。

 周知の通り、今のところ外界では秦剛氏の失脚をめぐり、
(1) 女性との関係をめぐるスキャンダル (しかもスパイがからむ可能性)。
(2) 儀典関連の責任者や対米関係に通暁する者として習近平氏の覚えめでたき秦剛氏の異例のスピード出世に対する、外交部内部の嫉妬。
(3) スマートな雰囲気の知米派・親米派であるが故に、米国との関係改善を模索する秦剛氏と「戦狼外交」とは折り合いが悪かった。
といったさまざまな見方が現れているようである。

 しかし筆者のみるところ、秦剛氏が失脚・失踪した背景にあるのは、そもそも米国とロシアの動向を睨みつつこのような宣伝を繰り広げる「戦狼」プロパガンダ外交に明確な限界が現れ、中共内部で深刻に捉えられているという問題があるのではないか。

 周知の通り、米中関係はただでさえ新疆や香港などをめぐる人権問題、グローバル経済の規範をめぐる問題、ウクライナを侵略するロシアへの対応をめぐる問題、疫病の起源をめぐる問題、そして台湾問題をはじめアジア太平洋地域の安全保障をめぐる問題などで深刻な対立に陥っている。今年に入り、そこに中国のスパイ気球撃墜問題が加わり、米中関係にはさらに険悪な雰囲気が増している。

 とはいえ米国側は一貫して「中国との全面的な衝突を望まず、新冷戦を求めていない」「常に外交対話のルートを開いておくことが重要だ」という姿勢を保持している。

 一方、中国側はウクライナ情勢をめぐり、ロシア軍が優勢なまま23年の夏頃までに終局を迎えると見立てていた。そこで中国側は、米国側の「弱気・焦り」を逆手に取り、「米国は停戦や和解に向けて中国の協力を取り付けようとしている」と考えた。(日本経済新聞、2月20・22日)

 果たせるかな、ロシアのウクライナ侵略1周年となる2月24日に発表された「ウクライナ危機の政治的解決に関する中国の立場」は、あたかもロシアの「新領土の主権」を尊重して、中国としても北大西洋条約機構(NATO) の東方拡大を強く牽制する内容であり、NATO入りを心から望むウクライナの立場を全く無視したものであった。そして3月21日の中露首脳会談・共同宣言でも、昨年2月のような「無限の協力」という文言は消えつつも、ロシアのウクライナ侵略の事実を中国が黙認した上で、習近平が「対話こそ最良の道」と促すかたちをとり、台湾問題をめぐるロシアの強い支持を取り付けたものとなっている。


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