2024年11月22日(金)

チャイナ・ウォッチャーの視点

2023年8月1日

冷たい関係を印象づけたブリンケン氏の訪中

 以上を踏まえていえば、中国の対西側外交は上手くいっていないどころか、膨大な負の遺産を抱えつつあるように見える。もしそのことに危機感を感じれば、中国は自国のイメージを穏健なものに修正し、ロシアとの距離を再考しても良いはずである。しかし中国は引き続き、米国の「対話は必要だ」というメッセージを誤解し続け、6月18日の米国のブリンケン国務長官と秦剛外相との会談を迎えたのではなかったか。

 この会談にあたっては、北京の空港では赤絨緞が用意されず(華語圏では、過去の国務長官級の訪問では赤絨緞を敷かないこともしばしばだったとする解説も多々ある)、至って簡素な出迎えであったことに始まり、習近平氏とブリンケン氏の会談も、習近平氏が圧倒的な上座に座るという米国側にとって屈辱的な座席配置や、「広い地球は中米各自の発展を受け容れるほど広い。米国は中国の発展の利益を犯すな」など、まるで習近平氏が米国を教え諭すような発言があった。

 中国側の対応は全体として、今や主導権を持つのは中国であり、もはや米国の主張を聞くつもりはない、米国には譲歩あるのみと言わんばかりのものであったといえる。秦剛氏は外交儀礼の専門家であり、このような冷遇が持つ意味を知らなかったはずはない。恐らく習近平氏も、ブリンケン氏を前にした鷹揚な表情からして、このような演出には満足したのであろう。

 しかしブリンケン氏は、秦剛氏と数時間にわたり極めて率直な議論(恐らく激論)を展開し、中国に対し主張すべきは主張し、安易な妥協はしないという姿勢を貫いた。その結果、両国から事後に発表された会談内容は僅かなもので、米中関係のさらなる冷却を印象づけるものであった。

 このうち米国側は「開放的な意思疎通のパイプを維持し、誤解や誤った判断のリスクを減らす」「双方の利益が一致する点については中国と協力する」としつつも、「米国は終始米国人の利益と価値観を守り、盟友やパートナーと協力し、自由で開かれた国際規範に基づく世界を守る」と強調している。中国にとって差し当たり得点と言えそうな内容は、せいぜい米中航空便の増便程度しかない(米国駐中大使館公式HP)。

 これに対して中国側は「習近平主席が示した相互尊重・平和共存・協力Win-Winという方針を米国も守るべきで、客観的で理性的な対中認識を持ち、冷静・専門・理性的に突発的事件を処理せよ」という主張を繰り返した。これは、中国によるグローバル社会の現状変更の試みや人権抑圧的な価値観に対する米国や西側の懸念に応えるものではない。

 この直後、6月20日にはバイデン氏の「習近平は独裁者だ」という発言があり、中国側は激しく反発した。さらに6月23日には、米国国家情報長官室が新型コロナウイルスの起源をめぐる報告書を発表し、武漢研究所説を排除しなかった。ブリンケン氏訪中の結果、米国は中国に対してますます遠慮をしなくなったかのようであり、ここしばらくの中国の、「強気で行けば今度こそ譲歩を得られる」対米外交路線は失敗に終わった観がある。

さらに強硬となる「戦狼」外交

 この直後、25日を最後に秦剛氏は行方不明となった。

 筆者のみるところ、秦剛氏は習近平外交思想通りに戦狼外交官としての仕事をしてきた。それにもかかわらず秦剛氏は対米・対西側外交で成果を得られず、習近平氏の面子を潰す展開となった。そこで、中共中央レベルで秦剛氏やここしばらくの外交路線の妥当性に対する強い疑義が現れ、他の個人的問題と組み合わせて秦剛氏は責任を取らされ、「重大な規律違反」を犯した裏切り者扱いとなったと思われる。

 そして中国は7月1日、「対外関係法」を施行した。これは「法治」の名において、中国の外交は完全に党が掌握することを明確にし、外交官をはじめ対外業務に従事する人々はますます習近平外交思想に依拠して思想を統一すると同時に、全ての企業や個人が中国の国家安全と利益を守ることを求めるものである。


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