しかし、厚労省の気分障害の患者数を見ると99年を境に突然伸び始めています(99年の患者数は44.1万人、02年では71.1万人)。これと同じ傾向を示すのが、抗うつ薬の市場規模の推移です。グラクソ・スミスクライン社がサイト上で公開しています。患者数の増加と薬の市場規模の推移が正確に一致しています。うつ病キャンペーンによって「私もうつ病ではないのか」と思った人が病院に殺到した。その人たちに精神科医は処方箋を書いた。SSRIは飛ぶように売れた。すべては製薬会社の思惑通り。まあこういうことですね。
――しかし、本書でも書かれていますが、SSRIの効果はプラセボ(新薬などの効果があるかどうか確かめるために使う小麦粉などの偽薬)と変わらないと。
井原氏:SSRIは80年代の後半から欧米で使われ始め、90年代には一大ファッションとなりました。しかし、当時から「効くぞ!効くぞ!」との喧伝のわりに「そんなに効かない」という患者の声も聞こえてきていました。
SSRIが日本で発売された頃、欧米ではその弊害が明るみになり始めていました。まずBBCが「Panorama」という番組で、ある製薬会社の情報操作疑惑を追及しています。SSRIは一般に成人を対象にして承認された薬剤ですが、未成年へは有効性が未確立な上、自殺のリスクもあるとされています。しかし、同社はこの情報を隠蔽したと、BBCは指摘しています。
決定的だったのが、08年と10年に行われた研究です。まず、08年にイギリスのカーシュらがSSRIに関し、アメリカ食品医薬品局に眠っていたデータを未公開のものも含めて分析し直しました。さらに10年にはフォーニアらが大規模なメタ解析を行い有力紙に結果を発表しました。2論文は、ともに抗うつ薬のうつ病への効果は、最重症例を除けば、プラセボとの比較優位性はないと結論付けています。
――それにもかかわらず、未だに精神科医がSSRIなどの抗うつ薬を処方し続け、いわゆる薬漬けになる患者さんが多いのはなぜでしょうか?
井原氏:この2つの論文は、海外ではセンセーションをまきおこしましたが、日本の精神科医の多くは、読もうとしません。見たくないから目を塞いでいるのかもしれません。
また、精神科医の多くは薬物療法以外の治し方を知らないので、患者さんを治したい一心で薬を使い続けているのかもしれません。患者さんが「不安だ」と言えば抗不安薬を、「眠れない」と言えば睡眠薬を、「うつだ」と言えば抗うつ薬を、「治してあげたい」という熱い思いで出しているのでしょう。何か言えば、薬が出る。それが毎回の診察ごとに繰り返されます。受診するたびに薬漬けになっていくわけです。