――現在、先生は獨協医科大学越谷病院で「薬に頼らない治療」を目指し、生活習慣病という観点からうつ病治療に当たっていますね。
井原氏:本書のタイトルも「生活習慣病としてのうつ病」です。うつ病には生活習慣病としての側面があります。一般に生活習慣病というと、高血圧や糖尿病、高脂血症などを想像するでしょう。そのための生活習慣の改善といったら、食事や運動、呼吸器の疾患なら禁煙などヘルシーな生活習慣への改善を思い浮かべることでしょう。しかし、私が「生活習慣病としてのうつ病」という言い方をする場合の生活習慣とは主に睡眠です。十分な量の睡眠を取り、なおかつ睡眠・覚醒のリズムを整えることで、自律神経のリズムやホルモンのリズムも整い、ストレスに対する対応力も上がっていく。そうすることで、うつだろうが、不安だろうが、不眠だろうがよくなっていきます。
――具体的にどのように睡眠を改善させるのでしょうか?
井原氏:睡眠については要点は3つ。ひとつは睡眠の量。忙しいビジネスパーソンの中には短時間睡眠信奉者がいて、深く眠れば量の不足を補い得ると豪語していますが、それは間違いです。1日7時間、1週間で50時間の睡眠(年齢による若干の補正の余地あり)が必要です。
2つ目は睡眠相です。睡眠相とは「何時に寝て、何時に起きるか」のパターンのことです。睡眠相が日によってずれると、身体は「時差ぼけ」状態になります。たとえば、日曜に朝10時まで寝ていた若い会社員が、月曜日に朝6時半に起きなければならないとします。日曜の朝が10時で、月曜の朝が6時半だから、起床時刻の差が3時間半。これはインドと日本の時差に相当します。月曜朝に体内時計を3時間半前倒ししなければなりません。それは、週末にインドのカルカッタにいて、月曜日の朝に成田から出社するようなものです。よく「月曜朝憂うつなのは会社に行きたくないからだ」と思われがちですが、そうではなく体内時計がズレているからにすぎません。3時間半の時差が月曜の出社を憂鬱にしていたんですね。
そして3つ目がアルコールです。就寝前のアルコール摂取は睡眠の質を劣化させます。アルコールに強い人ほど、このことを認識していない場合が多いですね。アルコールを飲んで寝ると、気絶したように眠りに落ちるので、「深く眠れる」と誤解している人がいます。実際には、アルコール摂取後の睡眠の脳波を調べると、睡眠第3段階、第4段階の「徐波睡眠」と呼ばれる深い睡眠が減り、睡眠が全体として浅くなります。ですから、毎日アルコールを飲んで寝る人は、飲む量にもよりますが、慢性的な睡眠不足状態と変わらないのです。このことはうつ病のリスクを確実に高めるといえます。