2024年5月21日(火)

世界潮流を読む 岡崎研究所論評集

2023年9月15日

 中国の高圧的な振る舞いに鑑み、フィリピン政府は現実を直視し想定されるリスクを踏まえた決定を行う必要がある。

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 座礁船シェラマドレは1999年にセカンドトーマス礁で座礁して以来、フィリピン海軍の詰め所となっており、定期的に人員交代と補給が行われてきている。一方中国は独自の「九段線」に基づく南シナ海の領有権を主張し、シェラマドレの撤去を要求してきている。この間の経緯については比中間に正式の文書はないが、2016年の比中仲裁判断によって、セカンドトーマス礁はフィリピンの排他的経済水域(EEZ)および大陸棚内にあり、同国が主権的権利と管轄権を擁することが確認されているため、中国の行動は国際法違反に当たる。

 今後の対応について、上記の記事はいくつかのオプションを提示している。

 シェラマドレへの補給については政治的にも人道的にもフィリピン政府としてこれを行わないとの選択肢はない。

 2012年のスカボロー礁への対応で米国への信頼性が地に落ちたことは間違いなく(その後のドゥテルテ前大統領の対米不信の一つの理由となったと思われる)、力による現状変更や国際法無視を蔓延させないために、米国によるはっきりした意思表示は不可欠であろう。その意味で共同パトロールは有意義であるし、南シナ海の航行の自由を全面に立てる形で豪州や日本といった第三国も何らかの貢献を検討できるのではないか。

 1951年比米条約第3条に基づく協議については、セカンドトーマス礁事件後の声明で米国は既に触れている。歓迎すべきことである。条約上のコミットメントを守るとの意思表示は北京へのメッセージのみならずフィリピン国民を安心させる。

時間を稼ぎ既成事実を積み立てる中国

 王毅外相の二国間対話はいつもの手口であり何ら意味がないし、COC(行動規範)交渉の終了も効果はない。そもそもCOC交渉は当初から考えれば20年近くの歳月をかけているが一向に進展しない。既に内容的に立派なDOC(行動原則)があり、これに法的拘束力をかければ良いだけの交渉であるが、進まないのは中国にやる気がないことに加え、時間を稼いでいる間に埋め立て・軍事基地化等の既成事実を積み重ねたいからである。

 国連海洋法に基づく仲裁判断を改めて提起することは大変意味があろう。2016年の判断によって(領有権以外の)主要問題については決着しているが、セカンドトーマス礁での事件を受けて改めて提起することは価値があるし、仮に記事が言うように暫定的決定が出せるのであれば尚更である。中国が前回と同じく強く反発し「紙屑である」との対応を取るのは明らかであるが、不適切な行動が常に国際社会によってチェックされる体制は重要である。

 最後に、近いうちに寿命を迎えると見られる座礁船シェラマドレが沈没・崩壊しフィリピン軍の詰め所としての役割を果たせなくなれば、環境は一気に変化する。おそらくミスチーフ礁より大量の中国艦船が押し寄せ一気に現状変更を試みるであろう。そうなる前に関係国の協力により、現状変更に伴うコストが著しいことを中国政府に認識させる努力を行う必要があるが、残された時間はあまりないのかも知れない。

   
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