「関係者の合意」問題
残った問題は15年に政府と東電が福島県漁連に文書で伝えた「関係者の理解なしにはいかなる処分も行わない」という約束である。関係者とは漁業者だが、理解とは何だろうか。
漁業者が求めるのは風評被害の防止であり、その確証が得られるまでは放出に反対する姿勢は変わっていない。そして風評被害の有無や程度が分かるのは将来のことであり、事前に風評が発生しないと判断して放出に理解を示すことなどは不可能である。
他方、海洋放出を急がざるを得ない状況で政府が示したのは、放出を前提にした安全対策と情報開示と風評対策だった。そしてこの方針を確実に実行することを約束し、これについて漁業者の理解を得ることが目標だった。
このように両者の基本的な考え方に相違がある以上、問題の決着は両者の歩み寄りしかない。政府は水産物の広報活動に約300億円、漁業の継続支援などに約500億円、合わせて800億円という巨額の基金を準備した。
そして放出直前の8月21日、全国漁業協同組合連合会の坂本雅信会長は岸田文雄首相と会談し、「約束は破られてはいないけれど、果たされてもいない。放流が行われて廃炉まで持っていき、その中で漁業者がしっかりと漁業を継続できた時に初めて100%の理解というものが生まれる」と語った 。また「岸田首相の『たとえ数十年にわたっても国が全責任を持って対応をしていく』という発言は非常に重い」とも述べている。
こうして漁業関係者は放出に対して「合意」はしないが、放出せざるを得ない状況と政府の対策に「理解」を示すに至り、この問題は決着した。
今後、国が果たすべき責任は安全対策と風評対策の着実な実施だが、後者については林智裕氏がいう「まがいものの正しさ」を撒き散らすメディア、野党、活動家に対するファクトチェックと厳しい批判が絶対に必要である。しかし、ファクトチェックは民間に任され、行政は個別の事例には口出ししないという「責任逃れ」を続けている。行政がファクトチェック活動を実施するためには、行政を監督する政府の決断が必要であり、それが真の風評防止になるものと考える。