2024年11月21日(木)

脱「ゼロリスク信仰」へのススメ

2023年9月22日

 この問題について、国民民主党の玉木雄一郎代表が「汚染魚という表現がだめなら汚染水もだめでは」と指摘すると、共産党小池晃書記局長は「汚染魚」には科学的根拠がないが、汚染水はデブリに接した水だから、「汚染水」という言い方を変えないとしている。しかし飲料基準もクリアしている処理水を汚染水と呼ぶ科学的根拠などは存在しない。処理水を汚染水と失言した野村哲郎前農林水産大臣を「風評被害を助長しかねないあり得ない発言」として批判した野党が、共産党を批判しないのはなぜだろうか。

 次もまた共産党の高橋千鶴子衆院議員の「500倍に薄めても500倍の量を放出したら同じことじゃないか」という発言だ。中国大使館の「稀釈イコール除去ではない」という発言の繰り返しであり、科学を理解していないことがよく分かる。日本共産党は中国と組んで風評を引き起こそうとしているのだろうか。

 社会学者の宮台真司氏は中国も言っていない「トリチウムは生物濃縮する」という異論を述べて批判を浴びている。この問題はNHKも詳しく解説しているが 、トリチウムは水に含まれ、水と同様に短時間で体内から排出されること、一部は有機結合型トリチウムに変わって40日から1年の半減期で体内に留まるが、そもそも放出されたトリチウムは希釈されているので、通常の魚介類に含まれる以上の有機結合型トリチウムができるはずはないことは、実際の例で確認されている

思い出される〝過去の過ち〟

 9月13日、仏国際放送局ラジオ・フランス・アンテルナショナル(RFI)中国語版は「中国に対抗して、日本では福島産海産物ブームが起きている」と題する記事を掲載した 。中国が水産物の輸入を全面停止したことが日本の水産業に深刻な打撃を与えていることを説明し、日本ではこれに対抗して官民を挙げて福島産の魚を食べて応援しようという運動が起きていること、福島県いわき市では「ふるさと納税」の申し込みが急増していること、櫻井よしこ氏が中国の措置を「科学的根拠の一切ないひどい言いがかり」と断じて魚介類の消費を呼び掛けたことなどを紹介し、「日本の人々は極めて大きな情熱をもって福島を支援し、中国に対抗している」と伝えた。

 この記事は20年前のカナダの出来事を思い出させた。03年5月、カナダで牛海綿状脳症(BSE)感染牛が発見され、米国はカナダからの成牛と牛肉の輸入を停止した。最大の販売先を失ったカナダの牛肉産業は倒産の危機に直面し、これを救ったのが官民を挙げての牛肉消費拡大運動だった。政府はメディアと協力して科学に基づいた牛肉の安全性と牛肉産業の窮状を訴え、国民は牛肉の消費に全面的に協力したのだ(『牛肉安全宣言』PHP研究所)。

 たとえBSE感染牛であっても、病原体が蓄積する危険部位さえ除去すれば牛肉は安全なのだが、当時の日本は牛肉を食べると致死性の新型ヤコブ病に感染するという風評が広がり、牛肉の売り上げが激減して牛肉産業は危機を迎えていた。その後、米国でBSE感染牛が発見されると米国産牛肉の輸入が止まり、2、3カ月で輸入が再開される見通しだったが、「全頭検査をしない米国産牛肉は危険」という風評が広がったため、輸入再開に2年を要した。米国、カナダと比べて風評に簡単に惑わされる日本の異常さが印象に残った出来事であり、現在の中国もこれと似た状況だろうと思われる。

 それから20年、日本でも風評に惑わされずに、困難な状況にある水産事業者を助けようとする動きが出てきたことはうれしい限りである。ただし、この記事は仏国際放送局RFIが発信したもので、日本のメディアが政府の政策の成功を認める記事を書くことは望むべくもないのかもしれない。

 他方、中国の非科学的な主張をメディアが大きく報道したことが処理水の安全性に対する理解を大きく進めたと考えられることは、中国にとっては皮肉な事態であるとともに、政府の風評対策に「神風」を吹かせたメディアの功績といえよう。


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