筆者のみるところ、軍服の着こなしも問題になりうる。1989年の民主化運動に多くの大学生が参加したことに衝撃を受けた中共は、大学入学直後一定期間の軍事訓練を必修としているだけでなく、近年は小学、さらには幼稚園レベルでも簡単な軍事教練や行進などの訓練が一般化している。しかし現実にはこの手の訓練も、レクリエーション的な要素を盛り込まなければ学生は満足せず、ついには学生が軍服をはだけて踊るという卑猥な光景が至る所で拍手喝采を浴びている(X=旧Twitterにて「軍訓」と検索すると様子が分かる)。これもまた「英雄を汚し、中華民族の感情を害する」という扱いとなろう。
経済成長とのジレンマ
服装のみならず社会生活においても「中国人・中華民族の誇り」に差し障る現実がある。
かつて計画経済時代の中国では、国家が個人に職業を分配し、職場に労働者を固定して衣食住を保障する「単位」制度が機能していた。しかし、この制度は市場経済化の中で非効率とされて終焉し、良い就職・結婚・住居を手に入れることは主に個人の努力に委ねられてきた。
また中共は、江沢民時代の末期に「三つの代表論」を提示し、労働者・農民の利益を代表する党から「中国の発展・先進性を代表する党」に模様替えをしたことで、中共はエリート集団らしさをいっそう前面に押し出すようになった。
そこで中国では、より社会的評価の高い大学に入学し、品行方正に振る舞い優秀な成績を上げることが、党員ならびに利益集団への近道となった。しかも「中国製造2025」をはじめ、高度に知識集約的な先端産業の中に中国の生き残りを賭ける動きが強まる中、学生もそれに呼応して、公務員やハイテク研究などで立身出世を図るのは自然な流れである。
しかしこの結果、近年例えば以下のような風潮が広がっている。
その一つは「精致な利己主義者」と呼ばれる。表向きは党と国家の掲げる路線を支持して真面目に学び働くかのように見えて、実際には自らの権力や立場を使って不当な利益を上げ、他者を蹴落とす現象を意味する。反腐敗キャンペーンで摘発される党官僚はその典型であるし、かつて福澤諭吉が『文明論之概略』などで厳しく批判した儒学的権威主義社会の象徴「偽君子」そのものである。
もう一つは「(仏系)躺平」(寝そべり族)と呼ばれる現象である。幼い頃からの競争社会に疲れ果て、成功に手が届かないことに絶望する一方、食べるには困らない状況はあるため、最低限の労働で(あるいは、親の脛をかじり)平穏な生活に満足することを意味する。
今年の初夏に挙行された中国の大学の学位授与式では、力尽きた格好で記念写真を撮ることが流行った。これは、学生たちが疫病の3年間にわたり大学宿舎の中に封じ込められて過酷な学生生活を強いられたものの、若年失業率20%超といわれる異次元の景気悪化の中で就職活動も不発に終わり、前途を見通せない絶望感が蔓延していることの証といわれる。
こうした風潮はますます「寝そべり族」現象に拍車をかけるだけでなく、さまざまな不満の高揚を引き起こしかねず、中共から見て「社会の安定」に打撃となる。実際、昨年11月下旬には習近平氏の辞任と自由を求める「白紙運動」が噴出したことは記憶に新しい。