2024年12月6日(金)

チャイナ・ウォッチャーの視点

2023年9月29日

児童団員・王二小は、とても有名な抗日小英雄だ。
ある日、日本鬼子のやつらが王二小の村を荒らしにやってきた!
機転が効く王二小はわざと鬼子のやつらに捕まえられ、やつらを騙して八路軍が潜伏する一帯に案内した。
英雄的な八路軍の戦士たちは、日本鬼子をことごとくやっつけた。
しかし、たった13歳の王二小も、自分の命を捧げたのだった。
(寧夏人民出版社刊・愛国主義教育絵本『小英雄王二小』のネット販促画像より)

 冒頭から残酷な内容で恐縮だが、子供の頃から愛国主義教育を通じて、中国共産党(以下、中共)こそ「抗日」を主導して中国を救ったと信じこまされてきた中国の若者にとって、このような物語はありふれたものである。誇り高き中国の英雄たちの生き様に照らして、日本とは「智慧と機転を効かせてやっつけるべき存在」なのだと思いやすい環境がある。

農村部の小学校での学校教育における「徳育」イメージ(筆者撮影)

 もちろん、成長後の一般常識や見聞を通じて、今日の中日関係はもっと多様であり、適切な関係が必要であると考える人は多い。しかし人生の原体験としてこのような物語を見せつけられれば、少なくない人々が「中国人として堂々と日本を正す」「中国の声を無視し侮辱することは許せない!」という感情を持ち続けるとしても不思議ではない。

 とりわけ米中の緊張激化や「ダイナミック・ゼロコロナ」の失敗、そして景気悪化によって「中国人の誇り」が揺らぐほど、このような心理に陥りやすいことは否めない。去る8月24日に福島第一原発の処理水放出が始まって以来、日本に迷惑電話をかける小粉紅(ピンクちゃん=愛国主義キッズ)が急増したのも、このような雰囲気の現れであろう。

「中国人たる服装」とは

 そんな中、そもそも「中国人・中華民族の誇り」を日常レベルでどう担保し、個人の選好との間にどうバランスを取るのかという問題が浮上している(「中華民族」とは、事実上中国の国民共同体を指す)。

 去る8月28日、全国人民代表大会常務委員会の場にて「治安管理処罰法」改正案の審議が始まった。その第34条には「中華民族の感情を害する服装を処罰する」という文言が新たに盛り込まれ、「服装の選択は個人の尊厳や自由の問題であり、不明確な基準で個人の選択を罰することは公権力の濫用である」という批判がネット上などで噴出している。

 しかし中国憲法51条には、「自由権の行使は国家・社会・集団の利益を損ねてはならない」という文言があり、第54条には「中国の公民には祖国の安全・栄誉と利益を守る義務がある」という文言がある。習近平政権は今や、「外部勢力」との対決や経済悪化の中でいっそう強い団結が求められており、服装という表象を自由権や個人の尊厳という範疇の中に放置できないと考えているのであろうか。

 この条文が主に念頭に置いているのは、和服や日本軍人の服装であるといわれている。ところが去る9月9日には、「漢服」 すら、和服と間違われて処分を受けるという、皮肉この上ない事件も起こっている (RFA「中国新版《治安管理処罰法》引網民反弾」)。「漢服」は、満洲人に旗袍=北方騎馬民族の服装を強要される前の、明代以前の漢人の服装であり、「中国の自信」回復による近年の「国風」ブームの中でデザイナーに再発見され復活しつつあった。そして今後は恐らく、日本アニメのコスプレや日本の学校制服のレプリカを着用することの是非が問われることになろう。


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