筆者は2022年以降、日本経済が直面している需給構造の変化などを念頭に「23年は円高の年という見方には賛同できない」という主張を重ねてきた。この点は本コラム「唐鎌大輔の経済情勢を読む視点」の読者の方々はご理解頂いていることかと思う。
幸い23年は一連の議論が報われたように感じている。23年も終わろうという時に、24年のドル/円相場見通しについて照会を受けることが増えている。識者によってどのようなポイントを重視するか異なるだろうが、およそ金利という観点に照らせば、ほとんどの市場参加者は24年に関し「米連邦準備理事会(FRB)は利下げ、日銀は利上げが注目される年」という読み筋を主軸としており、日米金利差縮小を当て込んだ円高見通しが支配的だろう。
12月の日銀政策決定会合ではマイナス金利解除が見送られたものの、24年中の解除はもはや市場参加者において既定路線となってしまっている。また、マイナス金利解除に至ったとしてもそこから連続利上げに踏み切るほどの胆力を日銀は持つまい。
結局、日米金利差縮小とは基本的に米金利低下のことであり、FRBの政策運営を議論することに終始することになる。本コラムでは日本経済の構造問題に切り込んでいきたいと思うゆえ、金利の観点からドル/円相場見通しを掘り下げることは今回控え、後述するように需給構造の変化に焦点を当てた上で議論を展開したいと思う。
「貿易赤字国として迎える利下げ」の威力は?
恐らく、多くの人が注目するのは金利差動向を背景とする円高・ドル安という「方向感」よりも、いくらまで調整するのかという「水準」にまつわる問題意識だろう。FRBの利下げに応じて円高予想が流行しやすいのは過去の経験に基づくものであり、恐らく今回もそうなる可能性が高いであろうから方向感については議論の余地が小さい。
しかし、その過去の経験のほとんどで日本は貿易黒字国だったことも知っておくべきだろう。周知の通り、1985年のプラザ合意以降、日本は世界的な貿易黒字大国の地位を続けてきた。それゆえ、米利上げ局面において日米金利差(米国-日本)が拡大し、投機取引が円売り・ドル買いに傾斜していても、貿易黒字に裏付けられた実需取引は常に円買い・ドル売りを正当化するような状況にあった。それが2010年頃までの日本経済の歴史だ。
こうした状況下、もし米利下げ局面が到来すると、投機取引における円売りは巻き戻されて円買いに転じる一方、実需取引は元々円買いなので投機・実需の両面からヒステリックな円高が演出されやすくなる。非常にラフだが、歴史上の日本経済が酷い円高に悩まされてきた背景である。
これに対し、今や日本の貿易収支は基本的には赤字、パンデミック前を振り返っても「良くて均衡」程度のイメージにとどまる。もうヒステリックな円高を後押しするような実需環境は日本には無い。実は、こうした実需環境を抱えながら米利下げ局面を迎えた経験が日本にはほとんど無い。