2024年7月20日(土)

プーチンのロシア

2024年3月1日

 列に並んでいた人のどれくらいが旅行やビジネス目的なのか、どれくらいが国外脱出目的だったのかはわからなかった。しかし、その一定数はウクライナに侵攻した現在の政権に嫌気がさし、ロシアから離れようとする人々であることは疑いようがなかった。

 ウクライナ侵攻を受けてロシアで始まったのは、数十万人もの若者たちが国を去る動きだ。私の知人にも、そのような人が何人もいた。ビザなしで出国できる旧ソ連諸国を経由して、数カ月をかけてヨーロッパに脱出した人。あたかも旅行者のように、東南アジアに家族で滞在し続ける人。または脱出がかなわず、静かにモスクワで働く人──。

 その形はさまざまだったが、ロシアから逃げ出したいという気持ちは一致していた。

「侵略国家の国民ではいたくない」
祖国ロシアに対する絶望の声

「人間らしく生きていきたかったから、ロシアを去った。プロパガンダはロシア国民、そして私の隣人からも、理性を奪ってしまった」

「ロシアは今後、20年間は普通の世界の仲間入りはできないだろう。僕はまだ若い。20年間も、無駄に生きたくはない」

「私の子供たちには、開かれた世界で成長してほしかった。〝侵略国家の国民〟として、生きてほしくはなかった」

 ロシア人の海外移住を支援する非営利団体「OK Russians」(2023年8月時点でサイトは閉鎖)が、ロシアを脱出した若者らを対象に実施した調査を見ると、祖国であるはずのロシアに対する絶望的な気持ちであふれていた。

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 一体、どれくらいの人々がロシアを離れたのか。オンラインメディア「ノーバヤ・ガゼータ・ヨーロッパ」は2022年5月に、同年1月から3カ月間で、ロシアを離れた国民の数が388万人にのぼったとの統計を報道した。これは、ビジネスや観光目的で国を出た人の数も含まれているので、単純に国外脱出者の数とみなすことはできない。ただ、ウクライナ侵攻への懸念がロシア国内で急激に高まっていた時期であり、一定の参考にはなる。

 また、前出の「OK Russians」は3月中旬に、ウクライナ侵攻を理由に国を去ったロシア人約2000人を対象にオンライン調査を実施した。その結果、その期間に少なくとも30万人のロシア人が国を脱出したとの推計を発表した。

 衝撃的だったのは、脱出した人々の特性だ。脱出者の57%が34歳以下の若者で、さらに職種では、全体の3分の1がIT関連人材であることがわかった。それ以外の人々も、企業経営者や医師、コンサルタント、デザイナーなど、いわゆる頭脳産業に従事する人々が集まっていた。

 出国者のうち「一時的な出国」とする回答は全体の12%にとどまり、「帰国しない」が27%、「長期間離れる」が41%と、大多数がロシアに事実上、戻らない決意を固めていた。

[第2回【戦時下のモスクワ】国外脱出でしぼむ若者の声 開戦4カ月で市内の反戦ムードが沈静化した理由 根強い中高年層の「戦争賛成、プーチン支持」の現実​(3月2日公開)へ続く]

<第1回>【ロシア人の本音】「戦争賛成が8割」の裏で動員に怯える18歳、国外脱出する人々、圧殺される反対の声 ……記者は戦時下のモスクワへと飛んだ
<第2回>【戦時下のモスクワ】国外脱出でしぼむ若者の声 開戦4カ月で市内の反戦ムードが沈静化した理由 根強い中高年層の「戦争賛成、プーチン支持」の現実
<第3回>なぜロシア人は「ウクライナはナチス」と信じるのか? モスクワで見た、プーチン政権の「歴史」と「戦争」の歪んだ教育……ソ連の栄光を学ばせられる小学生
<第4回>「ブチャはフェイクだ」陰謀論に染まったロシア人の30年来の友人、彼とともに現れた〝特務機関員〟らしき男……ロシア社会が「ウクライナ=ナチス」論を受容する背景とは
<第5回>【プーチン登場前夜】氷点下20度の中で食べ物や家財道具を売って糊口をしのぐ老人たち 道端には息絶えた人々も ソ連崩壊後のロシアを襲った地獄の90年代
<第6回>【プーチンが支持される理由】「エリツィンは欧米の手先」GDPマイナス14.5%の経済崩壊でロシア人が抱いた民主主義への失望 そして「独裁=安定」のプーチン登場へ

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