2024年7月25日(木)

冷泉彰彦の「ニッポンよ、大志を抱け」

2024年7月25日

保守運動の中核イメージへ

 バンス氏はこの時期は民主党支持であっただけでなく、トランプ現象を批判する立場であった。だが、本が余りにも評判となる中で、バンス氏には待望論が押し寄せた。つまり、「トランプ現象に連なる保守の立場」から「置き去りにされた白人貧困層」や「製造業衰退に苦しむ中西部」を代表して政界入りして欲しいという動きだ。

 そこでバンス氏は、リベラリズムでは問題は解決できないという考え方へと立場を転換していった。そのバンス氏に目をつけたのは、トランプ氏の長男、ドン・ジュニア氏と、次男のエリック氏であるようだ。二人が仲介する格好で、バンス氏はフロリダのトランプ邸を訪ね、「過去に批判者であったこと」を文字通り謝罪したのだという。

 そして、22年の中間選挙では故郷であるオハイオ州における厳しい予備選と本選を勝ち抜いて、連邦上院議員のポジションを射止めた。23年1月の就任時にはまだ38歳という若さであった。

 そして中央政界入りからわずか1年半で、共和党の副大統領候補に指名されるまでに至ったのである。今回の指名には、前述したトランプ氏の2人の息子だけでなく、イーロン・マスク氏の強い推薦もあったようだ。

 バンス氏を紹介する上で、この「21世紀のアメリカンドリーム」というのは、圧倒的な説得力を持っている。衰退した「ラストベルト」の貧困で破綻した家庭から、海兵隊での従軍、イエール法科大学院、そしてテックのベンチャー・キャピタル経営、さらにベストセラー作家を経て連邦上院議員。これは党派は異なるが、ビル・クリントンとバラク・オバマの物語を足したようなインパクトがある。

 何よりも、「トランプ主義」と言ってもいい現在の米国の保守運動において、「草の根の忘れられた白人層」というのは、ある種の中核イメージとなっている。バンス氏はその典型、あるいはその最悪の環境をルーツに持ち、自身の半生の原体験としているわけで、そのイメージは圧倒的なものがある。

 トランプ氏の登場によって、共和党は「富裕層やビジネスの利害代表」から、「労働者や庶民の党」へとイメージの転換を始めた。バンス氏はまさにこの動きを体現した人物というわけである。

トランプの主張を理論化する力

 さらに言えば、バンス氏の登場により、トランプ派もしくはトランプ運動というものは、明らかに変質してきている。15年に立候補を表明し、16年に当選して17年から21年までホワイトハウスを支配していたトランプ氏の「第一次政権」には一定のパターンがあった。

 それは、トランプ氏本人と側近の緊張関係である。白人至上主義を擁護したり、イスラム教徒入国禁止、軍人への侮辱、プーチンへの譲歩など、思いつきで発言するトランプ氏に対して、長女のイヴァンカ夫妻や補佐官たちは、現実との折り合いに常に苦慮していた。

 極端だったのは当時のヘイリー国連大使で、何も言われないと国連と北大西洋条約機構(NATO)を優先するクラシックな米国外交を進め、トランプに注意されると言われたとおりに親ロシア発言に転ずるなど、アクロバット的な対応をしていた。それが不可能になると、巧妙に「円満退職」を演じて見せたのは、いかにも彼女らしい。

 デモ隊に銃を向けろとトランプ氏に言われて苦慮したエスパー国防長官も悲惨だったが、もっとも緊張関係となったのがペンス前副大統領である。20年の選挙結果を、副大統領として認証するという「現実」的な行動は、トランプと支持者の憎悪を買い、議会暴動の実行犯たちからは殺意を向けられるに至ったからだ。


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