制裁迂回と解除の両方を
目指す「両にらみ」戦略
米国のトランプ前大統領が18年5月に核合意から単独離脱し、イランに対する「最大限の圧力」キャンペーンを開始したことで、イランを取り巻く状況は著しく悪化した。厳しい金融・原油取引制限は、イランの財政状態を悪化させ、体制指導部に根深い欧米不信を植え付けることとなった。
こうした状況下、イランは中露を重視する「東方重視」政策を打ち出し、中東、南米、中央アジア、アフリカなどとの貿易拡大を見据えた多角的外交を打ち出した。21年3月、中国との間で25カ年包括的協力協定を結び、イランは自国産原油を安価ではあるものの長期にわたって輸出することができる態勢を整えた。米国との対立が先鋭化する中、中国がイランの政治・経済的な後ろ盾になっている。
また、ロシアとの間では軍事協力が拡大傾向にあるほか、自国通貨決済システムの構築が精力的に進められ、国際南北輸送回廊を通じての貿易が拡大するなど、あらゆる面で二国間関係が急速に強化されている。 特に、ロシアがイラン製ドローンをウクライナ戦争で使用していると報じられるなど、ロシアは戦況が長引く中、軍事面でイランへの依存を深めている(なおイラン側は供与を否定している)。
このほか、上海協力機構(SCO)への正式加盟(23年7月)、ユーラシア経済同盟(EAEU)との自由貿易協定(FTA)締結(23年12月)、BRICS加盟(24年1月)など、外交の多角化路線を鮮明にしてきた。
新政権下でも、イランの「東方重視」政策は大きくは変わらないだろう。当選後に行われた7月8日のロシアのプーチン大統領との電話会談において、ペゼシュキアン大統領はイラン・ロシア関係を発展させるために緊密に協力すると関係強化を望む旨を発言している。両国間では、イラン・中国間で結ばれたように、包括的協力協定が締結されるのではないかとの報道もみられており、今後のさらなる関係の深化が注目される。
一方で米国との関係に関し、今年11月に予定される米大統領選挙の趨勢はイランにも大きな影響を与えよう。共和党候補のトランプ氏は、大統領時代に核合意単独離脱などの対イラン強硬路線を講じてきたことから、イランにとって同氏の再来は悪夢である。一方、民主党候補のハリス氏が当選した場合、バイデン大統領が掲げた核合意への「条件付き復帰」を政策に掲げる可能性があり、ましな選択肢となる。
イラン側の動きをみても、核合意を結実させたロウハニ政権(13~21年)下で首席交渉官を務めたアラグチ氏が外相に就任したことからは、ペゼシュキアン政権が欧米との対話を重視している様子がうかがえる。同じくロウハニ政権下で中央銀行総裁を務めたヘンマティ氏が経済相に任命された点をみても、ペゼシュキアン政権は半ば「ロウハニ2.5」といった様相を呈しており、核合意再建に向けて交渉が活発化する可能性は十分ある。
ハメネイ最高指導者の態度に変化がみられている点も示唆的だ。8月27日、ペゼシュキアン新内閣がハメネイ師と会談した際、同師は「敵を信用するべきではないが敵との対話が必要な時もある」と述べた。ペゼシュキアン政権は、制裁迂回と解除の「両にらみ」戦略を取ることになると考えられる。ペゼシュキアン政権が核合意再建を見据えているのなら、欧米との関係を決裂させない範囲にその行動を収めようとするだろう。