生成AIの登場は社会に大きな変化をもたらし、私たちはその利便性を享受しています。しかしその一方で、「学習型のチャットボットが差別的発言を繰り返す」「採用人事で男性に優位な判定を下す」「著作物を無断で学習データとして読み込む」「偽情報の生成・拡散が簡単に行われる」「膨大なエネルギー消費による環境破壊」など、生成AI社会に潜む倫理的課題は後を絶ちません。
私たちは、知らず知らずのうちに大規模な搾取に加担してしまっているのでしょうか。また、これからの社会で求められる倫理とはどのようなものなのでしょうか。本コラムでは生成AIが抱える問題点に触れながら、これからの社会に必要な「倫理的創造性」について迫ります。
*本記事は青山学院大学准教授の河島茂生氏の著書『生成AI社会 無秩序な創造性から倫理的創造性へ』(ウェッジ)の一部を抜粋・編集したものです。
生成AIの登場が仕事にどのような影響を与えるかを正確に予測することは困難です。とはいえ文書作成や翻訳、プログラミング、デザインなど、定型的なタスクとはいいがたい領域にまで影響があることは避けられないでしょう。つまり従来であれば、多かれ少なかれ創造性が必要とされていた領域にまで自動化の範囲が広がってきています。
実際、いくつかの動きが出てきています。ドイツのタブロイド紙『Bild』の発行元は、AIの利用を強化する一方で、数百人規模の人員削減を計画しています。
ニュースサイトのCNETでも、AIを用いた記事の生成をはじめる一方で、主要メンバーのおよそ10%を解雇しています。CNETは、AIを使った記事に誤りや盗用があったために一時的に利用を中止しましたが、今後もAIの利用を強化する方針を打ち出しています(Guglielmo 2023)。
脚本家や俳優の組合もアメリカでストライキを行いました(鈴木 2023)。ChatGPTを使い、これまでの脚本が機械学習にかけられて新たな脚本が生成されてしまうと、脚本家としての仕事がなくなってしまいかねません。
また、多方面から俳優を撮影して全身や動きのデータを保存しておけば、それらの画像データからさまざまな画像や動画を新たに生成することが可能です。服を変えたり光のあたり具合を変えたりして、いろいろなことに応用できます。こうして生成された新たな画像や動画は、映画や番組に使うことができるのみならず、ゲームやCMにも利用できるでしょう。
これは音声についても同じです。声優の声を録音しておけば、そこから新たに音声を生成することができます。
このようなコンテンツの生成は、当然、賃金と関係します。1日で撮影や録音が終わるとなると、たった1日分のギャラしかその俳優・声優には支払われないことになってしまいかねないからです。データさえ十分に取れれば、あとはAIでコンテンツを生成していくことができます。たとえ俳優や声優が亡くなったとしても生成していくことができます。
脚本家の組合は2023年9月に、俳優の組合は2023年11月に合意に達しました。その結果、脚本家はAIの学習データとしての脚本利用を拒否する権利などをもつことになりました(Writers Guild of America 2023)。
俳優は、自身の画像等のデータを元にして新しくデジタル・レプリカが作られ、それが別の作品に転用される場合には同意などを求めることができるようになりました(SAG-AFTRA 2023)。