イスラエル軍は20日、隣国レバノンの首都ベイルートを空爆し、イスラム教シーア派組織ヒズボラの幹部を殺害したと発表した。全面戦争の懸念が高まるなか、情勢の悪化が大きく進んだ。
イスラエルは、空爆で殺害した幹部の一人としてイブラヒム・アキル司令官の名前を挙げていた。ヒズボラはその後、アキル司令官が殺害されたと発表した。
レバノン保健省は21日、ベイルート南部郊外ダーヒエ地区への空爆による死者は、少なくとも31人に上ると発表した。子供3人が含まれるという。レバノン当局はイスラエルの発表に先立ち20日の時点で、少なくとも14人が殺害され、数十人が負傷したと明らかにしていた。
人口が密集するダーヒエ地区は、イランの支援を受けるヒズボラの拠点のひとつ。
現場では、ヒズボラ関係者が道路を封鎖するほか、救急隊が負傷者を救出したり、がれきの下に閉じ込められた人を捜索するなど、混乱が続いた。集合住宅が少なくとも1棟崩れ、ほかにも複数の住宅が激しい損傷を受けた。
ヒズボラに対しては、関係者が持つ通信機器が一斉に爆発する攻撃が相次ぎ、多数の死傷者が出ている。この攻撃も、イスラエルが仕組んだものと多くの専門家が考えている。イスラエルは通信機器を使った攻撃についてはコメントしていない。
ベイルートが攻撃されるのは、イスラエルが7月末にヒズボラの最高幹部フアド・シュクル氏を殺害して以来。
精鋭「ラドワン」部隊の司令官
イスラエル国防軍(IDF)のダニエル・ハガリ報道官は、20日のベイルート攻撃でヒズボラの精鋭部隊「ラドワン部隊」のアキル司令官をはじめ、複数の同部隊幹部やヒズボラ幹部を殺害したと発表した。
ハガリ報道官は、司令官たちが「ダーヒエ地区の中心にある集合住宅の地下に集まっていた」と説明。レバノンの民間人の間に隠れ、市民を人間の盾として使っていた」と述べた。
報道官はさらに、アキル司令官たちが「ガリラヤ制圧」攻撃作戦の立案にかかわっていたと話した。これは、「ヒズボラがイスラエルのコミュニティーに侵入し、罪のない民間人を殺害する」という内容の計画だったという。
「ガリラヤ制圧」作戦について、イスラエル軍は2018年に最初に指摘。IDFは当時、イスラエル領への侵入と民間人の誘拐・殺害を目的にヒズボラが掘り進めているトンネルを、IDFが封鎖していると話していた。
アメリカ政府は今年4月、「タフシン」とも呼ばれていたアキル司令官を捜索中だと明らかにし、「その身元や居場所特定、逮捕および有罪判決などにつながる情報」の提供に金銭報酬を約束していた。
アキル司令官は1980年代に、1983年の在ベイルートのアメリカ大使館と海兵隊兵舎爆破事件などを計画し実施したグループに参加していた。この爆破事件では200人近くが死傷している。
ヒズボラはソーシャルメディアで、アキル司令官の死亡を発表し、「偉大な聖戦指導者のひとり」とたたえた。
ヒズボラは1980年代、イスラエルに対抗するため、中東最大のシーア派勢力イランによって、レバノンで結成された。当時イスラエル軍は、レバノン内戦の最中にレバノン南部を占領していた。
相次ぐ相互の越境攻撃
イスラエルによるベイルート攻撃に先立ち、ヒズボラは同日、イスラエル北部の軍事拠点をロケット砲140発で攻撃したと発表していた。
この前にはイスラエルがレバノン南部に大規模な空爆を展開したと発表。自軍の戦闘機が、ヒズボラのロケットランチャー100基以上をはじめ、武器庫を含む複数の「テロ拠点」を破壊したと述べていた。
国境を越えたイスラエルとヒズボラの攻撃は、昨年10月8日に激化した。前日にはイスラム組織ハマスがパレスチナ自治区ガザ地区からイスラエル南部に侵入し、前例のない奇襲攻撃を実行。この際、ヒズボラはイスラエル軍を砲撃し、パレスチナ人との連帯を示していた。
それ以来続く相互の越境攻撃で、ヒズボラ戦闘員を中心に、数百人が死亡し、イスラエルとレバノンの国境の両側で何万人もの人が避難を余儀なくされている。
イスラエルはこのほど、避難したイスラエル北部の住民の帰還を戦争目的の一つに挙げており、ヨアヴ・ガラント国防相は19日、イスラエルが「戦争の新段階」に入り軍勢をこれまでより北部に集中させると述べている。
レバノンのアブダラ・ブウ・ハビブ外相は19日、国連安全保障理事会で、イスラエルがガザ停戦合意への外交交渉を「意図的に損ない」、事態の鎮静化のため自制するレバノン政府の「あらゆる努力」も損なったと非難した。
これに対してイスラエルのダニー・ダノン国連大使は、イスラエルは紛争の拡大を求めているわけではないものの、「ヒズボラによる挑発の続行は許さない」と述べた。
アメリカとイギリス政府は共に、国民にレバノン渡航を控えるよう勧告した。
ホワイトハウスは、イスラエルとレバノンの国境地帯での紛争激化を防ぐため、外交努力を徹底していると述べた。
イギリス外務省は、「民間のフライトが使える間に、レバノンを離れるよう引き続き勧告している」と繰り返した。
BBCの取材では、イギリス政府が自国民をレバノンから急ぎ退避させられるよう、態勢を整える方針であることが分かった。
(英語記事 Top Hezbollah commander killed in Israeli strike on Beirut)