ニック・マーシュ記者(BBCニュース)、シャイマア・ハリル日本特派員(東京)
中国広東省深圳市で日本人学校に通う日本人男児が刃物で刺され死亡した事件を受け、日本人駐在員の間に懸念が広がっている。日本の大手企業は、従業員に用心を呼びかけている。
東芝やトヨタ自動車は、暴力の可能性に警戒するよう関係者に呼びかけた。パナソニックは、帰国時の飛行機代を負担すると発表している。
日本当局は、男児殺害に対する非難を繰り返し、中国政府に自国民の安全を確保するよう求めている。
10歳の男児が刺された18日の事件を含め、中国ではここ数カ月の間に外国人を狙った襲撃事件が3件起きている。
BBCの取材に対する回答でパナソニックは、今回の事件を受け、「中国大陸の出向者とその帯同家族に対して、状況に応じた一時帰国(会社負担)、カウンセリング窓口の設置、柔軟な勤務体制など、安全と健康最優先の対応を実施」するとしている。
東芝は中国にいる約100人の駐在員に対して「安全に注意するように」呼びかけている。
世界最大の自動車メーカー、トヨタはBBCに対し、「日本人駐在員を支援」し、彼らが必要とする情報を提供していると述べた。
日本の金杉憲治駐中国大使は中国政府に対し、日本人の安全を確保するために「最大限の努力をする」よう求めた。
岸田文雄首相は19日の時点で、襲撃を「極めて卑劣な犯行」と呼び、「中国側に対し、事実関係の説明を強く求めていきます」と述べている。
中国のいくつかの日本人学校では保護者に連絡を取り、事件を受けて厳戒態勢を敷いた。
広州日本人学校は一部の活動を中止し、公共の場で大きな声で日本語を話すことを控えるよう警告した。
中国に住む日本人駐在員コミュニティーからは、子供たちの安全を心配する声が上がっている。
深圳に10年近く住む53歳の男性ビジネスマンは、娘をいつもより早く国外の大学に帰すつもりだとBBCに語った。
「深圳は外国人に対して比較的オープンなので、安全な場所だと思っていた。けれども今は誰もが、安全に対して前より慎重になっている」と、この男性は語った。
「大勢の日本人がとても心配していて、たくさんの親類や友人が私の安否を確認するために連絡を取ってきた」
深圳当局はこの事件を「深く悲しんでいる」と述べ、19日の朝までに、事件のあった学校周辺に監視カメラを設置し始めたという。
地元メディア「深圳区報」は、当局者が「我々は、外国人を含む深圳のすべての人命、財産、安全、法的権利を保護するために効果的な措置を取り続ける」と述べたと報じた。
中国国営紙も社説で「この暴力的な行動は、一般の中国人の性質を表していない」と、容疑者を非難した。
深圳では20日、地元の市民が日本人学校の校門に花を供え始めた。
市民の一人は、「本当に悲しい。このようなことはあってはならない」と、シンガポールのニュースサイト「ストレーツ・タイムズ」に語った。
元教師だという別の市民は、「この子はどちらの国の子だろうと、家族の希望であり、国の希望だ」と話した。
「個別の事件」
事件による影響が広がるなか、さまざまな報道や公式ソースから、事件詳細が明らかになってきた。
事件は現地時間18日午前8時、男児が通う深圳日本人学校の外で起きた。
この男児は腹部を刺され、19日早朝に負傷がもとで死亡した。警察はこの男児について、「シェン」という名前のみ公表している。
一方、現場で逮捕された加害者は44歳男性の「鐘」容疑者と、名字のみ公表されている。
深圳の国営メディアによると、鐘容疑者は2015年に「公共インフラの破損」の疑いで、2019年には「公序良俗妨害」の疑いで、それぞれ逮捕された前科がある。
目撃者によると、容疑者は今回の犯行の際、顔を隠そうとしなかったという。
NHKの取材に応じた目撃者は、「逃げようともせずその場に立ち尽くして、学校を警備していた地元の警察に取り押さえられていた」と述べた。
中国当局は正確な動機を明らかにしていないが、今年に入り過去に2件発生した事件と同様、この刺殺事件を「個別の事件」と繰り返し呼んでいる。
中国では6月にも東部・蘇州市で、日本人の母子を刃物で狙った襲撃事件が起きた。この事件も日本人学校の近くで発生し、母子を守ろうとした中国人女性が死亡した。
これを受けて日本政府は、中国でスクールバスの警備員を雇うために約250万ドル(約3億6000万円)を要求した。
同じ6月には、北東部・吉林省の公園でアメリカ人の大学講師4人が刃物で刺され負傷する事件があった。
険悪な関係
こうした中で中国当局は、これが大きな外交危機に発展しないようにしつつ、中国にいる日本人社会の安全をどのように保証するかに注目している。
日中両国は長い間、険悪な関係にあった。何十年もの間、両国は歴史的な不満から領土問題に至るまで、多くの問題で衝突してきた。
9月18日は日本が1931年9月、満州侵略を正当化するために線路爆破を偽装した「柳条湖事件」の起きた日でもあると指摘する声もある。同事件は、14年にわたる日中戦争の引き金となった。
一人の元日本外交官は、深圳での襲撃事件は、中国の学校における「長年の反日教育の結果」だと述べた。
BBCの取材に応じた複数の日本人外交官は、日中の外交関係は緊張することがしばしばあるものの、中国との経済協力は常にそれと平行して、安定的に進んできたと話した。
しかし、今回の襲撃が国際的なハイテク産業の中心地、深圳で起きたという事実は、日中双方を神経質にさせるかもしれない。
追加取材:中山千佳(東京)、ケリー・アン(シンガポール)