分断の火に油を注いだ
トランプとヒラリー
イラク戦争への賛否、公的資金投入への賛否という2つの分断の裏には共通の深層心理があった。それは、グローバル経済の拡大と米国の知的産業への傾斜、この2つの流れに取り残された人々の不満である。この不満を敏感に感じ取ったのがトランプ陣営であった。優秀な移民を含めたエリートが牛耳るシリコンバレーが米国経済を牽引する、またアフリカ人の息子が合衆国大統領になるといった時代に「取り残された」人々の持つ怨念にトランプ氏は訴えかけた。「アメリカが変わってしまった」「自分は取り残され、名誉を奪われた」という感情が、グローバリズムや知的産業、そして多様性という価値観に対して敵意を持つように仕向けたのである。
民主党側の言動が、そうした心理を刺激したケースもあった。具体的には、16年の大統領選におけるヒラリー・クリントン候補の発言である。クリントン氏は遊説の中で、同性愛者や女性を差別するのは「どうしようもない人々」だと批判。「忘れられた白人層」にとっては、自分たちのことを「どうしようもない」として全否定するものと受け取られた。
これを契機として、トランプ陣営による「ヒラリーを収監せよ」というスローガンが巻き起こった。表面的な理由は私的なメールアドレスを公務に使用したという問題であったが、彼女に向けられた深い敵意が言わせていたのであった。クリントン氏はそのような屈折を理解せず、「収監せよ」という大合唱を悪質なデマと女性差別だとして陣営を挙げての敵意で応えた。この段階で米国は「分断」へ向かう一線を越えたのだと思われる。
以降はトランプ政権の4年間、そしてトランプ陣営による20年の選挙結果の否定、そして21年1月の議事堂襲撃へと分断は拡大していった。その間には、警官による黒人男性殺害事件とこれに抗議するBLM(黒人の命の尊厳運動)があったし、これとは別に、コロナ禍に対する「感染対策を強制する」ことへの賛否も激しい分断を生んだ。
深刻な分断を受けて、米国では「南北戦争のような内戦」に発展するのではないかという懸念の声がある。
では、その発火点としては具体的にどのような対立が想定できるだろうか? まず考えられるのは、選挙結果の否定だ。既に20年の大統領選挙において一部で発生したが、僅差で敗北した州において結果を認めないグループが選管に対して暴力に及ぶ可能性は否定できない。
感染症対策による分裂という問題もある。例えばコロナ禍では、マスクの着用やワクチン接種の強制に強く反発したグループは、「感染対策の強制を禁止」するという法律を施行したフロリダ州に移動した。人命を守る行動を否定し、否定できる州に人口移動が起こるというのは静かな内戦と言っても過言ではない。
州境紛争の可能性もある。西海岸のオレゴン州では、リベラルでLGBTQのコミュニティーのある西部を嫌って、州の東部が保守的なアイダホ州への編入を主張している。これに反対する勢力との間で、州境変更が深刻な紛争となる可能性も十分にある。