アメリカの場合、大企業の90%がCXO(チーフ・エクスペリエンス・オフィサー)と呼ばれるマネジャー職を置いているほどで、最近ではUXやCXに対する1ドルの投資が100ドルの成果になるとされるデータもあります」
ユーザーであるお客様の「使いやすさ」を考慮することで好感度を高め、反響を呼ぶ。使いやすければ、問い合わせ対応などにかかるコストも削減できる上に企業やブランドに信頼を寄せる「ロイヤルカスタマー」が増える。この好循環がつくられるのである。
「われわれが行うリサーチには2種類あり、定量調査(市場調査)と定性調査(ユーザー調査)に分けられます。前者が何万人単位の人に回答を依頼して傾向を見るマクロなものなのに対し、後者はよりミクロな視点で、ユーザーと直接コミュニケーションをとったり、使っている様子を行動観察したりしながら調査します。どちらも重要ですが、日本企業が海外進出する時にネックになるのが、『海外における』定性調査です」
確かに、日本企業が現地の〝未来のお客様〟になり得る人々に直接アクセスし、フィードバックをもらうことが難しいのは想像に難くない。ただ、その根拠がなければ、海外進出は完全な〝ギャンブル〟になってしまう。
UXPRESSは9年間で、米国人ユーザーだけで1万人以上の定量調査と、1000人以上の定性調査を行ってきたという。
日本企業が行うべき
本当のローカライゼーション
教訓となる事例がある。井出氏は岩手県の伝統工芸品である「南部鉄器」を製造する岩鋳(盛岡市)の取り組みを挙げる。黒い鉄瓶に代表される昔ながらの製品のほか、カラフルな急須や小物も生産し、欧米や中国への海外進出を成功させた。今や欧米の小売店で「IWACHU」といえば通じるほど浸透しており、売り上げの4割が海外市場からだという。
色彩豊かな急須が生まれた背景にあるのが、「お客様の声」だった。フランスの紅茶販売店から「フランス人好みのカラフルな急須がほしい」との依頼をきっかけに2年がかりで独自の着色技術を開発したことがこの大ヒットを呼んだ。
「日本企業は発想を根本から変える必要があります。国内でヒットした製品を海外に展開するのが典型的なプロセスですが、そもそも日本人の好みに合わせて開発した製品をそのまま売り出したり、日本の顧客に刺さったメッセージをそのまま翻訳したりしても、成功する可能性は高まりません。大切なのは海外のユーザーに〝最適化〟すること。製品に対するユーザーからの評価や生の声を聞く、もっと言えば、開発の上流段階から海外ユーザーの意見を聞いて製品を開発する。これが、真のローカライゼーションなのです」
井出氏は、日本企業の海外進出は必ずしも大企業だけにチャンスがあるわけではないという。「個人的には伝統工芸品をはじめ地方の特色ある製品や、まだあまり名の知られていない中小企業の海外進出へのサポートを増やしていきたいです。私たちが提唱している『小さく・速く・安く』のアジャイルUXアプローチを通じ、一つでも多くの日本企業が成功すれば日本のプレゼンスは高まるはずです。それが子どもたち世代の希望につながると信じています」。
かつての日本は、ソニーのウォークマンや白物家電など、ユニークな製品を次々に生み出し、世界を席巻した。確かに当時はコンペティターがおらず、先行者利益があった。だが、井出氏が言うように、今後世界が直面する課題に目を向け、自分たちでニーズを掴み、やるべきことをやれば、必ずや日本企業にも勝機はあるはずだ。