2022年10月6日(木)

研究と本とわたし

2014年2月12日

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 自分の書庫を持つというのは、大学院生時代にさまざまな著名人の書斎を紹介している『私の書斎』(地産出版)を見てから、ずっと憧れでした。5年ほど前に生前の父を説得して、ついに念願をかなえたというわけです。

 実は今いる静岡県三島市の近くに、10数年前に小さな別荘を建てて、そこにも6畳の書庫をつくったのです。大きな図書館の書庫にあるような集密可動式の書架を入れて、その中に今も5000冊くらいの本があるのですが、あれは失敗でした。というのは、書架を動かさないと、本の背表紙が見えない。やはり、本は背表紙が見えて並んでいるのがいいですね(笑)。

――ところで研究の道を志すようになられたのは、どのようなきっかけでしょうか?

斎藤氏:中学生の頃から、漠然と研究者になりたいと思っていました。高校の後半くらいには、もう研究者になるつもりでいましたが、分野はいろいろ可能性があるなと考えていて、そのうちの一つが生物学でした。これは、中学校の図書室にアメリカのタイムライフ社から出ていた『Life Nature Library』という図鑑シリーズの翻訳本がありまして、そこでDNAのことを知ったのが一つのきっかけです。子どもというのは、もともとは唯物論者ですからね。物質が全部世界を決めているとなると、「ああ、いい感じ」と思ったわけです。自然科学の中で一番複雑な生命現象、それが何かを知りたいということだったと思います。

 とはいえ大学入学後も、生物学以外に、歴史学に行きたいなとか、絵が好きだから建築もいいな、などといろいろ考えていました。そしていよいよ専門を決める時期が近づいてきたときに、生物学の研究室の中に、弥生式土器と縄文式土器が並んでいる不思議なところがあるのに気づいて、これはなんだろうと思ったら、人類学の研究室だったんですね。それで歴史学と生物学の中間といった感じでちょうどいいやと思って、当時流行った言葉で言えばモラトリアム的に、そこに行こうと決めたのです。

 ひとくちに人類学と言ってもいろいろ分野がありますが、結局、最終的にはDNAを使って進化を研究する方に進みました。やがてアメリカに留学して、昨年の京都賞受賞者の一人でもある根井正利先生の研究室で学び、そこで学位(Ph.D.)を取りました。

――ゲノム進化学を選ばれたというのは、やはり中学生のとき読んだ本との出会いが、影響しているのでしょうか?

斎藤氏:間接的にはそれがあります。また直接的には、「中立進化論」に出会ったことが何よりも大きかったですね。中立進化論とは、“分子レベルでの遺伝子の変化は、いわゆる自然淘汰に対して有利でも不利でもなく突然変異と遺伝的浮動によって進化が起こる”という考え方です。1968年、私が大学に入った年のわずか7年前に、現在私が所属している国立遺伝学研究所におられた木村資生先生(1924-1994)が、初めて提唱されました。そうした新しい考え方なので、私は生物の進化についても高校時代からある程度興味があって、いろいろ本を読んでいたのに、まったく触れたことがなかったのです。

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