2024年12月29日(日)

オトナの教養 週末の一冊

2024年12月28日

粘菌に対する愛着

 24歳の時には、熱帯の豊かな動植物を観察するためにフロリダ州に滞在した。そしてそこで奇妙な生物、粘菌に出会った。

「熊楠は粘菌を“けしからん奴”と呼んでいますね。幼生は水中で虫のように動き、やがて集まりアメーバ状に活動。それからそれぞれ勝手な形に固まる。動物のような、植物のような、摩訶不思議な生命体だ、と?」(足立)

「愛着を持っていたんですね。粘菌のことは楽しそうに書いたり話したりしています。それと、熊楠さんは真言僧と死生観についてやり取りをし、仏教に関心があったので、人間の生と死を考える鍵になるものが粘菌にある、と考えていたと思いますね」(松居)

ピーターラビットの作者と共鳴するもの

 本書で興味深いのは、後半にページを割いてピーターラビットの作者ベアトリクス・ポターとの「ニアミス」を描いたことだ。

 ポターは熊楠より1歳年長だが、熊楠が8年間ロンドンに移住した時に、約2キロ離れた場所に住んでおり、熊楠同様に自然史博物館に通っていた。しかも、没頭していたのは2人とも隠花植物の菌類研究である。

 ただ、ポターは女性ゆえにリンネ研究会に入れず研究発表を阻止された。

 その後友人宛に描いた絵が評判を呼び一躍人気作家となるのだが、後年湖水地方で自然保護運動を開始、広大な土地をナショナルトラストとして後世に残した。

 一方熊楠も、帰国後に明治政府の神社合祀令に反対して自然保護運動を展開し、昭和天皇にご進講した田辺湾の神島は、1935(昭和10)年に国の天然記念物に指定された。

 2人は面識はないものの、同じ時代に同じ生物に惹かれ同じような人生航路を辿ったのだ。

「本書では、2人の軌跡が似ていたのは、“世界史的な共鳴現象”と書かれています。その意味するところは?」(足立)

「2人はたまたま、生命体の根源に関わる菌類に惹きつけられました。ところが、19世紀の西洋の男性中心の学問世界では、女性や東洋人ということで本流からは排除される。しかし、自然と人間の共生という本来の方向性は共通していますから、絵本作家と民俗学者と人生の選択肢は違っても、洋の東西で到着点が似てきたのでは、と考えられます」(松居)

 一生実家からの仕送りに頼りながら、生物学者であり民俗学者であり博物学者であり自然保護活動家であった自由奔放な「学び人」の南方熊楠。我々は74年に及ぶその「好奇心」人生から何を学べばいいのか?

「今の時代、ネットで検索すれば情報はいくらでも入手できますよね。でも、それが果して知識と言えるのか? 内側のテーマを追求し拡大して行くのがその人の本当の知識では? 学問にしても、現代の専門化し細分化した学問が、本当に学問なのか? 組織の歯車としてやっているだけなのでは? そんな時、熊楠さんの活動を改めて点検してみると、知識や学問の、もう一つの別の可能性が見えてくる気がします」

「楽シミヲ宇宙ヨリ取ル」、36歳の時に熊楠はそう記していた。宇宙(世界)との対峙を、自らの「楽しみ」としていたのだ。

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