2025年5月19日(月)

スポーツ名著から読む現代史

2024年12月28日

 第一波ストが回避されたことで、私は次のストも回避できるのではないかと一縷の望みを持っていたが、「新規参入は早くても2年後」というオーナー側の動きの鈍さは、球団削減に向けての時間稼ぎにしか映らない。かなり選手会サイドに傾くのは覚悟のうえで筆者は毎日新聞の23日付1面に「知恵なき経営者、退陣を」という署名記事を書いた。

 まず、野球協約上、05年からの新規参入は時間的に可能で、すでに2社が名乗りを上げている以上、真剣に検討すべきだと主張。さらにこう続けた。

 <改めて思うことは、プロ野球はだれのものか、という根源的な問いだ。球団オーナーは、その名の通り、自分のものと思っているのだろう。だが、球団名やオーナーが変わろうが、プロ野球を一貫して支えてきたのは選手であり、ファンである。すでにプロ野球は一握りのオーナーの所有物から、国民共有の文化財産となっている。(略)既得権益を独り占めしてきたオーナーたちが、自分の懐具合でチームを削減したり、勝手に合併するのを「たかが選手」や「たかがファン」は黙ってみていなければならないのか。今回のスト騒動も出発点はそこにある>

 読み返してみても、いささかエキセントリックになってしまった原稿だが、読者から多くの賛同の手紙やメールをいただいた。

 初めてのスト決行から3日後、オーナー側は態度を急変させた。早急に新規参入企業を決め、05年も12球団に戻して公式戦を行うとし、選手会は25日からのストの中止を決めた。

 この結果、楽天が新球団に選ばれ、仙台を本拠地にパ・リーグに参入、従来通り12球団体制が維持されることになった。それだけではない。パ・リーグが長年要求してきた公式戦でのセ・パ交流戦の実施もすんなりと決まった。

失言が救った12球団制

 渡辺はオーナー辞任から約10カ月後、球団会長として復帰。配下にオーナーを従える形で新たな支配体制を築いた。

 一場問題で解任した球団代表の後任として就任した社会部出身の清武英利とコーチの人事を巡り対立し、清武が巨人を離れる「清武の乱」が起きたのは復帰から6年後の2011年11月のことだ。

 改めて渡辺の「たかが」発言を振り返ってみると、あの失言から球界再編を巡る潮目が変わり、渡辺のオーナー辞任以降は球団削減の動きが明らかに力を失っていった。「たかが選手が」のひと言が結果的にセ・パ12球団体制を護るキーワードだったかもしれない。「失言」にすら大きな仕事をさせたナベツネ。さすがと驚嘆するばかりだ。

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