第二に、国際環境の変化がある。国際関係の構成要素として、力、ルール、理念の三つが考えられるが、欧州が影響力を存分に発揮できる環境とは、ルールと理念が重要な国際環境である。ポスト冷戦期はかなりの程度、そうした条件がそろっていた。ところが、2010年頃を境に、力の要素がそれまでにもまして重要な時代となり、ロシア・ウクライナ戦争でそれは決定的なものとなった。
協力よりは対立が、経済よりは安全保障が前面に出る時代である。価値や理念を異にしていても、経済関与を強めて、利益を引き出すというやり方のマイナス面が表に出ることになった。欧州内で安全保障や政治で足並みを揃えることができないことも露呈された。
第三に、トランプの再登場である。この論説でのミードの筆致には、トランプの視点に立って見ようとしているようなところがある。トランプからすれば、欧州は、バイデン政権、民主党と重なって見えるところが少なからずあろう。気候変動、ダイバーシティなどを重視する陣営は、トランプにとって敵である。
日本に必要な「戦略的明晰さ」
この論説は欧州をテーマとしているが、日本も比較対象となっている。ミードは、ここ数十年の日本の動向には欧州と同様に「はかばかしい実績を見せてこなかった」としつつも、最近の状況については、「覚醒」、「戦略的明晰さ」との言葉を使って評価し、現在、協働すべきパートナーを挙げる際、真っ先に日本に言及している。
ミードの論説にあるように、米国から頼りにされるのは良いことである。ただ、それは結果であり、目的ではない。日本は、自らのために「戦略的明晰さ」を持ち、それを実際の行動に生かしていかなければならない。
中国、北朝鮮、ロシアに取り囲まれている日本は、地理的条件からして「戦略的明晰さ」を持たざるを得ない。ポスト冷戦期において、東アジアにおける日本の安全保障環境は、概して欧州よりも厳しいものである。日本の内政も容易ならざる状況であるが、大事な事柄で決断ができない国となってしまってはいけない。