暦本 味覚に関していえば、それに近いものが実用化されています。皆さん、電池って舐めたことありますか? 実は電気って「しょっぱい」んです。だから、減塩が必要な人向けに、電気刺激で塩味を足すスプーンがすでに開発されています。
味や匂いを構成している全てのケミカルを作り出すのは大変ですが、ケミカルを感じたセンサーという、神経の先の電気信号を再現するということは今後もあるかもしれないですね。
加藤 それを実装するデバイスとしては、体に外付けで装着する形になるのか、それとも脳に埋め込む形になっていくのでしょうか。
暦本 アメリカではすでにニューラルリンク社が脳インプラントの被験者の募集を始めています。ただ、外付けか埋め込みかは人によって受容性が異なるように思います。私は脳には埋め込みたいけど、コンタクトレンズのようなタイプだとどうしても怖いと思ってしまって……。
瀧口 あらゆる感覚が体験できるようになるとそれを売るビジネスも出てきそうです。
暦本 ウィリアム・ギブスンのSF小説『ニューロマンサー』には疑似体験をさせてくれる「疑験スター」というのが出てきます。将来的には「大谷翔平のバッターボックス感覚が体験できるならいくらで買うか」みたいな話が出るかもしれません。
野村 感覚をクリエイトする仕事も出てくるかもしれないですよね。
暦本 生成AIでそうした体験をマッシュアップしたりできれば、「感覚エディター」とか、そういう職業ができるかもしれないですね。
脳ではない部分にも
記憶は宿っている?
瀧口 「脳」が感覚をつかさどっているということですが、「記憶」も脳に依存するのでしょうか。
合田 SF映画の中では、脳に電気信号を与えることで記憶の書き換えや、能力の移植が行われることがありますが、そもそも記憶が脳に保管されているのか自体、よく分かっていません。
UCLA(米カリフォルニア大学ロサンゼルス校)の研究で非常に興味深いものがあります。軟体動物のアメフラシAに電気信号を与え続けると、それが嫌なアメフラシAは逃げる動作をし、何度も繰り返すと逃げ方がうまくなる。そういう運動訓練をさせた後、アメフラシAのRNA(リボ核酸)を別のアメフラシBに移植し電気信号を与えたところ、Aと同じような動きをしたんです。つまり、アメフラシはRNAの中にも「運動記憶」がストレージされていたということです。
分かりやすく人間で例えるなら、何度も練習が必要な自転車の乗り方はまさに「運動記憶」ですが、一度も自転車を乗ったことがない人に運動記憶を移植すると、乗れるようになるというイメージです。

東京大学大学院理学系研究科 教授
米カリフォルニア大学バークレー校理学部物理学科を首席で卒業。マサチューセッツ工科大学大学院理学部物理学科博士課程修了(理学博士)。カリフォルニア大ロサンゼルス校(UCLA)工学部などで研究を行う。2012年より現職。UCLA工学部生体工学科非常勤教授、中国・武漢大学工業科学研究院非常勤教授を兼任。
加藤 脳のメカニズムが分からない以上、記憶にまつわる遺伝子のメカニズムとの関係性も分からないということでしょうか。